海の見える席次表
会場入口の席次表で、佳澄は自分の肩書きを見つけた。
「新婦友人 花農家」
その四文字に、思わず笑った。大学卒業後、東京の広告会社へ入り、四年前に辞めて祖父の花畑を継いだ。けれど自分で「花農家」と名乗ったことはない。実際には売上の半分を祖父の蓄えで補い、台風のたびに廃業を検索している。
新婦の紗英は、佳澄が育てた白いデルフィニウムをブーケに選んだ。海の見える披露宴会場で、その花は潮風に揺れ、畑にいるときより立派に見えた。
乾杯前、佳澄のスマートフォンへ二件のメールが届いた。
一件は、農協からの融資審査通過。新しい冷蔵庫を買えば、出荷できる花が増える。
もう一件は、以前の上司からの再就職の誘い。条件は前職よりよく、月曜までに返事がほしいという。
融資を受ければ借金が残る。東京へ戻れば畑は手放す。どちらも未来らしい顔をして、佳澄の手元に並んだ。
紗英のお色直し中、司会者がブーケの花を紹介した。
「新婦のご友人が、三年かけてこの土地で育てたお花です」
三年ではない。佳澄が土に触れたのは四年前だ。最初の一年、何も咲かせられなかった時間が消されている。
訂正するほどのことではない。誰も困らない。それでも佳澄は、失敗した一年ごと花農家なのだと思った。
披露宴の途中、彼女は会場を抜け、海沿いの廊下で農協へ電話した。
「融資をお願いします」
口座から引き落とされる額を確認し、返済計画をもう一度聞いた。担当者の声は祝福とは程遠く、数字だけを淡々と読み上げた。
電話を切ると、元上司へのメールを開く。
〈お声がけありがとうございます。戻りません〉
送信した指は少し震えた。畑を好きだからではない。東京が嫌いだからでもない。借金を抱え、来年も同じ土地で失敗する方を、自分で選んだのだ。
会場へ戻ると、紗英がブーケを抱えて待っていた。
「肩書き、勝手に書いてごめん」
佳澄は席次表を見直した。今度は笑わなかった。
「ううん。今日から、それで請求書を出すことにする」
白い花の向こうで、海が強く光っていた。