海水は保証外
家電量販店の修理カウンターで、鷹取山伶司は濡れたスマートフォンを机へ投げた。
「防水って広告してただろ。海へ落としただけで壊れた。最新機へ無料交換しろ」
担当者は、端末の外装が割れ、充電口の蓋も外れているため、保証対象外だと説明した。
鷹取山は展示台を拳で叩く。
「メーカーの欠陥を客のせいにするのか。今すぐ店長を呼べ。交換しないなら、保険会社には新品を盗まれたと申請するぞ」
待合椅子にいた日焼けした大男が立った。烏丸坂史郎。短い髪、太い腕、潜水用の大きなバッグを持っている。
「盗まれたことにするのは、まずいですね」
「何だよ、お前」
「弁護士です。休日は水難救助のボランティアをしています。その電話を港から拾ったのも私です」
鷹取山の顔が止まった。
前日、彼は動画配信の企画で、スマートフォンを防水ケースなしに海へ投げていた。烏丸坂は救助訓練中、海底から回収し、本人へ返していたのだ。
「一メートルくらいだ。広告どおりなら壊れない」
烏丸坂は、端末を拾った深さが十二メートルだったこと、外装の割れ目から海水が入っていたことを説明した。量販店の担当者は、耐水性能が新品・規定条件での試験値であり、破損状態や海水浸漬を保証するものではないという表示を示した。
鷹取山は「動画は演出」と言い張った。
しかし公開済みの映像には、自分で端末を岩へぶつけ、「壊れたら盗難保険で新型にする」と話す声が残っていた。
烏丸坂は静かに告げる。
「故意に壊し、盗難と偽って保険金や新品を得ようとすれば、店員へのクレームでは済みません。今の発言も私は聞きました」
店長は無料交換を拒否し、メーカーと保険会社へ状況を報告すると通知した。鷹取山が端末を奪って帰ろうとしたとき、保険会社の不正調査担当から電話が入る。配信映像の通報を受け、申請を停止したという。
烏丸坂が目撃者として連絡先を渡し、端末の海水反応記録が保存された。
修理見積額と保険調査番号が同時に印刷された瞬間、無料で最新機へ替えるつもりだった男には、壊れた旧型と自分で撮った証拠だけが返された。