海竜の子へ真水を
港へ打ち上げられた海竜の幼子を、漁師たちは津波の前触れと呼んだ。
青緑の体は網置き場でのたうち、尾が石を叩くたび水しぶきが上がる。領主の兵は鎖を運び、船主たちは海へ捨てろと騒いだ。
水運びのディランは、桶を担いだまま幼竜の首元を見た。
港では、ただ水を運ぶだけの男と呼ばれている。だが井戸水、雨水、雪解け水では、樽に残る白い跡も喉ごしも違う。水の違いを毎日肩で量ってきた。
えらの縁に白い塩がびっしり結晶している。海竜なのだから塩水で平気だと皆は思っている。だが幼いえらはまだ薄く、嵐で濃くなった潮を吸い続けたせいで塞がっていた。
「今すぐ海へ戻したら、息ができない」
「水売りが竜を語るな」と船主が怒鳴った。
ディランは今日売るはずだった真水の桶を石畳へ置いた。布を浸し、まず幼竜の鼻先へ近づける。暴れていた尾が止まり、乾いた舌が布を一度舐めた。
彼はえらへ直接水をかけず、濡れ布で外側から塩を溶かした。こすれば傷つく。布を当て、待ち、替える。それを何度も繰り返す。
白い結晶が消えるにつれ、幼竜の呼吸は長くなった。桶が空になるころ、石畳を叩いていた尾は力を失い、ディランの長靴へそっと触れるだけになっていた。
彼は最後に、自分の飲み水まで布へ注いだ。
最後の一枚を外すと、えらが花びらのように開く。幼竜は大きく息を吸い、港じゅうへ澄んだ水の輪を広げた。波立っていた海面が、鏡のように静まる。
兵士の鎖が地面へ落ちた。
「潮鎮めの海竜……」
伝説では、選んだ港に百年の穏やかな海を与えるという。船主たちが一斉に跪いたが、幼竜は彼らを素通りした。
空になった桶へ顎を乗せ、ディランを見上げる。
彼が座ると、幼竜は濡れた体を膝へ押しつけ、尾を腰に巻いた。鱗は磨いた貝殻のように滑らかでひんやりしているのに、その下の命は湯たんぽのように温かい。水桶より重い頭が腿へ沈み、ディランはもう立ち上がる必要を感じなかった。