海苔を巻く手

 瀬古井八重は、十三歳の稲村安澄を迎えてから、朝のおにぎりを二つ作るようになった。

 八重は七十歳。安澄は学校の近くで暮らせる里親家庭を探していた。

 年齢差が大きいため、近所では孫だと思われることが多い。二人は訂正すると説明が長くなるので、必要なときだけ本当のことを話した。

 安澄は海苔がぱりぱりの方が好きだった。

 八重は柔らかくなった海苔が好きだった。

 そこで安澄の分は食べる直前に巻き、八重の分は朝早く巻いておく。

「僕のも先に巻いていいよ」

 ある朝、安澄が言った。

「嫌でしょう」

「面倒じゃない?」

「面倒を食べて生きてるようなものよ」

 八重は梅干しの種を取りながら笑った。

 学校で「家族の朝ごはん」という作文が出た。

 安澄は原稿用紙を前に、鉛筆を止めていた。

「書きにくい?」

 八重が訊く。

「家族って書くと、嘘みたいかな」

「誰に?」

「本当の家族じゃないって知ってる人に」

 八重はすぐ答えず、海苔の袋を閉じた。

「では、朝ごはんのことだけ書けばいい」

「家族の作文なのに」

「先生は、おにぎりの戸籍まで調べないでしょう」

 安澄は吹き出した。

 翌朝、安澄が先に台所へ来た。

 八重の分のおにぎりへ海苔を巻く。

「まだ早い」

「柔らかくするんでしょう」

「よく分かってるね」

「作文に書くから」

 二人で食卓へ座った。

 安澄の海苔はぱりっと鳴り、八重の海苔は湯気を吸ってしんなりしている。中身はどちらも梅。

「家族は、同じものを食べる人?」

 安澄が訊く。

「同じでなくても、相手の好きな方を覚える人かもね」

 八重は自分のおにぎりを一口食べた。

 作文は、海苔を巻く時刻の違いから始まった。

 最後の一文だけ、安澄は八重に見せた。

〈うちでは、同じ梅のおにぎりを、違う固さの海苔で食べます〉

「うち、って書いたのね」

「場所の話」

「そういうことにしておく」

 夕方、炊飯器から新しい米の湯気が上がった。

 海苔の香ばしさと梅の酸っぱい匂いが台所へ残る。

 血のつながりはなくても、明日の朝、どちらの海苔をいつ巻くかは、もう互いの手が知っていた。