消えた非常口
証人は、非常口の前で消えた。
汚職事件の公判当日、保護下にあった会計係が裁判所の控室から法廷へ移送された。廊下には三台の監視カメラがある。だが非常口の手前だけ、壁の出っ張りで人一人分が映らない。証人は護衛二人とその死角へ入り、銃声の後、姿を消した。床には血が残り、護衛の一人も倒れていた。
非常灯の緑色が、黒いテープで半分隠されていた。警備責任者は、光がカメラへ映り込むのを防ぐためだと言った。
廊下の消火器には封印がない。ところが扉の開閉記録には異常がなく、非常口を使った形跡もなかった。責任者は、犯人が記録装置まで操作したのだろうと推測した。
倒れた護衛は肩を撃たれていたが、病院へ運ばれてから行方が分からなくなった。もう一人の護衛は、覆面の男が死角から現れ、証人を連れ去ったと証言した。
被告側の弁護士は、警備責任者が誘拐を手引きしたと非難した。確かに死角の幅は不自然なほど正確で、護衛二人が並ぶと証人だけが隠れる。偶然にしては出来すぎている。その「出来すぎ」が、誰もが犯人側の周到さだと思い込んだ理由だった。
私は床の血を拭った。乾きかけた縁に、甘い苺の匂いがある。鑑識は血液型だけを急いで確認し、凝固剤までは調べていなかった。
黒いテープの裏には、小さな赤外線発信器が貼られていた。非常灯を隠すためではない。廊下の外から、護送隊が死角へ入った瞬間を知るための目印だった。
公判は証人不在で延期され、被告側は誘拐だと騒いだ。私は警備責任者に、倒れた護衛の診療記録を求めた。記載された銃創は浅く、弾丸は見つかっていない。傷は空包の火薬と金属片で作られていた。
数日後、責任者の机へ暗号化された着信が入った。声の主は、遠い土地へ移送を終えたとだけ告げた。
証人を狙う者は、裁判所の警備網にも入り込んでいた。通常の護送では生かして出せない。だから警備側は銃声と血糊を用意し、記録に残らない一瞬だけ別の車へ乗せたのだ。
証人は、非常口の前で消えた。
あの死角は犯人が誘拐のために見つけた穴ではない。
証人を死んだことにして、生きたまま逃がすために、警備側が作った出口だった。