滑走路の端の湯気

 透花は、休憩室の窓から滑走路の端だけを見ることができた。

 空港の地下に近い部屋で、窓は細く、地面と同じ高さにある。夜の誘導灯が雨に濡れ、青、青、緑と一定の間隔で続いていた。壁の向こうでは手荷物ベルトが回り、低い振動が長机へ伝わっている。

 午前零時四十七分。最終便を見送ったあとも、夜勤は終わらない。

 透花は紙のカップへ味噌汁を注いだ。給湯器が唸り、湯が細く落ちる。湯気は空調に押され、窓のない側へ流れた。

 制服の上着を脱ぐと、肩が急に重くなった。

 昼の便で同期が別の空港へ異動した。送別の写真には透花も写っている。笑って、花束を持たせ、また会おうと言った。けれど次に会う日を決めないままの「また」は、夜になると広すぎた。

 壁には、忘れ物の傘を処分する日付が一覧で貼られていた。透明、紺、花柄。持ち主が旅先で買い直し、もう思い出さない傘もあるだろう。透花は、自分が置いていかれたのではなく、移動する人のそばには必ず残るものがあるのだと思った。残ったものにも、次の扱いを決める人がいる。

 手荷物ベルトが止まる。

 雨だけが窓を叩く。

 休憩室のドアが開き、黄色い反射ベストの整備員がモップを持って入ってきた。靴から落ちた水を入口で二度拭き、窓を見た。

「今日は光がにじみますね」

 透花が頷くと、相手も頷き、床の端だけを拭いて出ていった。名前は知らない。顔も次に見れば分からないかもしれない。

 けれど「にじむ」という言葉が、窓の向こうに残った。

 青い灯りは雨の中で丸く膨らみ、隣の光と触れそうで触れない。等間隔を保ったまま、滑走路の先へ続いている。

 ベルトが再び動き出す。ローラーが一つずつ回り、見えない場所へ空のコンテナを運んでいく。

 透花は味噌汁を飲んだ。少し薄い。けれど温度だけは確かだった。

 休憩が終わる頃、遠くで一機の機体が牽引されていった。客のいない窓が、照明を短く返す。

 透花は上着を着直した。誰かと同じ場所へ行かなくても、今夜の自分には戻る持ち場がある。滑走路の端の湯気を見送り、雨の通路へ出た。