火消し屋の水源は低評価
《水城燈子、企業の炎上を揉み消して稼いでる女》
《今度は本物の火事を利用して好感度回復か》
《低評価八十万。もう何しても無理だろ》
灼熱書庫の通路を、青い炎が塞いでいた。
奥には消火隊六人と、避難中の研究員が十二人。水魔法を吸収して燃え上がる魔炎に囲まれ、酸素残量は一分を切っている。
水城燈子は炎の前で、配信管理画面を開いた。熱で前髪が縮れ、耐火靴の底が柔らかくなる。奥の研究員が振る救難灯は、煙の中で一つずつ弱っていた。
画面の下には、押され続ける低評価。彼女が企業へ不都合な調査報告を出した直後、「火消し業者」という逆の噂が流されていた。反論文は読まれず、訂正配信には『言い訳』の文字だけが積もった。その数字を、燈子は一件も削除していない。
《消火剤はもう空》
《魔炎は普通の水だと倍化する》
《コメント閉じて逃げる準備?》
燈子は【低評価をすべて受け取る】を一度だけタップした。
八十万個の低評価印が画面から浮き上がる。
黒い粒は彼女の頭上で重なり、巨大な水塊へ変わった。落ちた水は炎を強めない。悪意だけを熱源として奪い、青い火を音もなく透明にしていく。
燈子の技能《炎上変換》。自分へ向けられた否定を、同量の冷却水へ変える。消せるのは投稿ではなく、燃えているものだけだ。
《温度千二百度から二十七度》
《低評価一件につき一ミリリットル換算、八百リットル》
《研究員十八人、全員通路へ移動開始》
《噂の出所も判明。調査対象企業の広報サーバーだ》
水煙の向こうから、消火隊が研究員を連れて現れる。
最後尾の隊長は燈子の前で敬礼した。
「我々の水は負けました。あなたへの八十万件が勝ちました」
「使い切ったので、次は普通に評価してください」
燈子がそう言うと、張り詰めていた救助者たちが笑った。
《低評価押してた指で高評価押した》
《デマ訂正が公式から来たぞ》
《炎上を消したんじゃない。炎上で十八人助けた》
《数字、更新止まらん》
配信画面右上の人数表示が、救助完了と同時に跳ね上がった。
【同時視聴者数:888,888人】