火皿のない鉄砲

夜明け前の馬場に、二脚の床几が向かい合っていた。

城主・鬼塚頼継は片方へ座り、膝の脇に火縄銃を寝かせた。敵将との和議に銃を持ち込むのは無礼だが、頼継は礼より生き残ることを好んだ。

鉄砲頭の江見右京は、その銃を昨夜整備した。

「使者が白線を越えたら、わしが撃つ」と頼継は言った。「敵将の甥だ。首を取れば、向こうは怒って総攻めに出る」

「和議では」

「和議だから殺す。城内に裏切り者はいないと、兵へ見せねばならん」

頼継は今朝、降伏を口にした足軽を五人斬った。だが蔵では、家臣の妻子を人質として内郭へ集めている。城が破れれば自分だけ抜け道で逃げ、残った者に戦わせる腹だった。

右京は銃床の傷を見た。十二年前、頼継が先代を宴席で撃った銃だ。当時、右京は「暴発」と証言した。褒美に百石を受けた。忠義の始まりが嘘なら、終わりも嘘でよい。

霧の中から敵の使者が現れた。若い男が一人。刀を置き、降伏条件を記した巻物だけを持っている。

「城兵の助命、百姓の帰村、鬼塚殿の出家を認める」

使者が読み上げた。

頼継は笑った。

「わしの首を取らぬとは、甘い主だ」

右京には、その言葉が命乞いに聞こえた。

使者が地面の白線へ近づく。頼継の指が引金にかかった。火縄は赤く燃え、硝煙の匂いが朝露へ混じる。

右京は昨夜、銃から火皿を外していた。火縄が落ちても、口薬へ火は移らない。代わりに火皿は、城門番の袖の中にある。それを見せれば「和議成立、開門せよ」という合図だと、すでに決めてある。

使者の草履が白線を踏んだ。

頼継が引金を絞る。

金具が落ちた。火縄は空を焼き、銃声はしなかった。

頼継の顔がゆがむ。

「右京、貴様」

「一度目は、暴発でした」

右京は刀を抜いた。頼継を斬るためではない。使者との間に引かれた白線を断ち切るためだ。

「二度目は、故障でございます」

城壁の上で門番が火皿を掲げた。一瞬遅れて、味方の弓が頼継へ向きを変える。続いて白旗が上がり、城門の閂が外された。