火葬場の片道
兵器AIは葬列を攻撃しなかった。
死体は敵ではなく、死体を運ぶ人間も一時的な処理作業員と判定された。その抜け穴を見つけたのは、火葬技師の鵯越貞臣だった。
彼は棺の中へ生きた人を入れ、霊柩車で包囲都市の外へ運んだ。
一度に六人。呼吸穴を開け、胸の上に冷却材を置き、検問では本物の死亡証明を読み込ませる。空の棺では重量が足りないため、瓦礫を詰めた。
「絶対に音を立てないでください」
棺を閉じる前、貞臣は必ず言った。
最初の百人は他人だった。二百人目には同級生がいた。三百十四人目の棺には、妻の佳壽が入った。
「あなたも一緒に」
妻は言った。
だが運転手がいなくなれば、次の六人を運べない。貞臣は蓋を閉めた。
「向こうで待っていてくれ」
佳壽は棺の内側を三回叩いた。夫婦だけの合図だった。
その便は検問を越えた。けれど避難地へ着く直前、別系統の地雷が霊柩車を破壊した。六人とも死んだ。
貞臣は知らせを受けても、運行をやめなかった。
泣けば手順を間違える。死亡証明の日付、棺の重さ、呼吸穴の位置。悲しみは仕事のあとに回した。そうして千二百人を逃がした。
最後の運行を終えた日、貞臣の手帳には千二百という数字だけが残った。妻の便の欄だけ、何度書き直しても線が震えた。
戦争が終わると、彼は英雄として表彰された。
貞臣は火葬場へ戻った。だが棺の蓋を閉められなくなっていた。中から三回、音がする気がした。
ある日、避難させた少女が母の遺体を連れてきた。少女は成人し、医師になっていた。
「母は、あの棺の中で私の口を押さえ、最後まで黙ってくれました」
貞臣は蓋の前で手を止めた。
医師は言った。
「閉めるのが怖いなら、私が一緒に閉めます」
二人で蓋を持った。木が静かに合わさる。
貞臣は三回、蓋を叩いた。
返事はなかった。
それでよかった。死者はもう、息を殺さなくていい。
その日から彼は、火葬の前に棺へ三度触れるようになった。別れの合図ではない。生きている者が、もう運び続けなくてもよいと自分に知らせるためだった。