無音のインタビュー
容疑者は、私の質問に一度も答えなかった。
狭いスタジオだった。黒い壁、丸いテーブル、向かい合う二脚の椅子。天井の照明は片側だけが点き、相手の顔を青白く浮かせている。私は録音機を中央へ置き、赤いランプを確かめた。
「昨夜、被害者の部屋へ行きましたね」
容疑者は目をそらさない。唇を結び、両手を膝の上に置いている。
「防犯カメラに、あなたと同じコートが映っています」
返事はない。
私は少し身を乗り出した。録音機の針が、私の声に合わせて右へ振れる。相手が椅子をきしませても、針は動かなかった。感度が悪いのだろう。あとで編集すればいい。
「被害者とは、どんな関係でしたか」
相手の眉が、ほんのわずかに動いた。痛い場所を突いたらしい。
私は机の端に置いた名札を見る。透明板の中で、肩書と名前が左右逆に印刷されていた。スタッフの単純なミスだ。画面には映らない角度なので、そのままにした。
質問を変える。
「鍵はどこで手に入れた?」
沈黙。
「なぜ花瓶を割った?」
沈黙。
「どうして、遺体の右手だけ洗った?」
容疑者の指が震えた。私はそれを見逃さなかった。取材では、言葉よりも指先のほうがよく話す。
「あなたしか知らないはずのことです」
相手の顔から血の気が引いた。
私は勝負に出ることにした。胸ポケットから、現場で拾ったボタンを取り出す。濃紺の糸が一筋残っている。相手のコートは同じ色で、左袖のボタンが一つ欠けていた。
「これで終わりです。認めますね?」
長い沈黙のあと、容疑者がゆっくり口を開く。私も同時に息を吸った。
しかし、声は私の側からしか聞こえなかった。
廊下でノックがした。「警察の方が到着しました」とスタッフが告げる。
私は照明を上げた。向かいの椅子は空で、その奥の一枚鏡に、同じ濃紺のコートを着た私が座っている。逆向きの名札も、欠けたボタンも、血のない顔も、すべて私のものだった。
容疑者へのインタビューは終わった。次は、犯人として答える番だった。