熱意不足
玉置弦一は、三十六年勤めた工場を熱意不足で追われた。
人事評価AIは、朝礼での声量、改善提案への興奮、社章を見たときの愛着を採点する。弦一の会社愛は二十二点だった。工作機械の調整は誰より正確だったが、数字に夢を語ることができなかった。
上司は研修動画を見せた。
「会社の未来を想像して、胸が熱くなるよう練習してください」
弦一は鏡の前で拳を握った。
「ものづくりで、世界を変える」
声を張るたび、自分が少しずつ粗くなる気がした。若手の江尻佑真は、そんな弦一を見て目をそらした。
ある日、主軸から普段と違う音がした。計測値は正常で、AIは稼働続行を指示した。弦一は機械を止めた。納期に遅れるため、熱意点はさらに下がった。
分解すると、内部の小さな亀裂が見つかった。続けていれば刃が飛び、作業員を傷つけていた。
会社は弦一を表彰した。妻はようやく評価されたと喜び、祝いの赤飯を炊いた。弦一は、危険を見つけたことより、機械を止めたせいで同僚に残業させたことを気にしていた。
しかし表彰式で「情熱が危険を知らせたのですね」と問われ、彼は答えた。
「情熱じゃない。毎日聞いていたから分かっただけです」
会場の感情モニターに〈企業共感・十一〉と出た。翌月、早期退職の対象になった。
弦一は町外れに修理店を開いた。看板には佑真が冗談で書いた。
〈無愛想ですが、直します〉
最初の客は古い扇風機を持った老人だった。弦一は挨拶もそこそこに分解し、減った軸受を交換した。老人は回り始めた羽根を見て泣いた。亡き妻が買った品だという。
感情採点器のない店で、弦一は何も言わず、代金を少しまけた。
数年後、工場を辞めた佑真も店へ来た。会社では熱意八十八だった彼も、毎朝それを維持することに疲れていた。二人は朝礼をせず、未来も語らず、壊れたものの音を聞いた。昼になると黙って同じ弁当を食べた。
弦一の熱意点は、退職時の十一から一度も更新されなかった。
仕事だけは、以前より長く続いた。