片道四十分の窓
河瀬冴子と佑真が同棲するなら、どちらかが今の町を離れなければならなかった。
佑真の部屋は西の丘にある。窓から公園の木が見え、近所には彼の通う銭湯と古い映画館がある。冴子の部屋は東の川沿いで、朝市と長い遊歩道がある。二人の距離は電車で八十分だった。
「こっちのほうが家賃も安いし、部屋も広いよ」
佑真の提案は、彼の町へ冴子が移るものだった。冴子も何度も泊まり、好きな店が増えていた。それでも帰りの電車で川が見えると、身体の奥がほどけた。
不動産アプリには二件を保存してある。一件は佑真の家から徒歩五分の二LDK。もう一件は、ちょうど中間駅にある線路沿いの一DK。後者は狭く、窓を開ければ電車の音が入る。二人とも今より片道四十分ずつ遠くなる。
二十九歳になれば、どちらかの生活へ合流するのが現実的なのかもしれない。中間地点を選ぶのは、譲り合いではなく、二人とも損をするだけにも見えた。
その夜、佑真から二枚の写真が届いた。丘の部屋の緑の窓と、中間駅の部屋の灰色の窓。
〈どっちにする?〉
冴子は、緑の窓を選べば愛される側になれる気がした。すでにある暮らしへ迎えられ、道を教えてもらい、馴染む努力をする。灰色の窓なら、二人とも道に迷う。
〈中間駅の部屋を一緒に内見したい。どちらかの町に住むなら、私は今は住まない〉
送ると、佑真の既読はついたまま動かなかった。
翌朝、冴子は一人で中間駅に降りた。線路沿いの窓は写真より小さく、電車が通るたび震えた。ここを選んでも二人がうまくいく保証はない。
昼過ぎ、佑真から〈土曜なら行ける〉とだけ返ってきた。賛成なのか、話を続けるだけなのかは分からない。冴子は都合よく解釈しなかった。中間地点を選ぶとは、二人の真ん中に自動で幸せが生まれることではない。互いの町を失った不満が、同じ部屋へ持ち込まれる可能性もあった。
それでも内見申込書の同伴者欄へ佑真の名前を書き、来なければ一人で見るつもりで、希望時刻を送信した。