牛乳は交換しない

大雅が十二歳の給食時間へ戻ると、目の前に青い蓋の牛乳瓶が置かれていた。

午後は、全寮制中学の奨学生選抜試験。

向かいの秀一が自分の瓶を押し出し、前と同じ笑顔を作る。

「これ苦手だろ。交換してやるよ」

前の人生で大雅は礼を言って交換した。

飲んで十分後、意識を失い、試験を欠席。検査では睡眠薬が出たが、瓶は片づけられ、秀一は「大雅が自分で入れた」と証言した。奨学枠は秀一のものになり、大雅は進学を諦めた。母は学費を工面できずに何度も謝り、大雅は「牛乳一本で人生が決まるわけがない」と笑ったが、その一本を忘れた日はなかった。

青い蓋の縁には、針ほどの穴がある。

未来で薬剤師になれなかった大雅でも、あの日の検査結果だけは暗記していた。

「交換しない」

秀一の眉が動く。

「遠慮するなよ。友達だろ」

「友達なら、僕の瓶を欲しがる理由を言って」

大雅は自分の瓶へ名前を書き、秀一の瓶には触れずに給食主任を呼んだ。

「蓋に穴があります。開ける前に調べてください」

秀一が立ち上がる。

「こいつ、試験が怖くて騒いでるだけです!」

大雅は理科室から借りた銀色の反応紙を見せた。給食の衛生調査で使うものだ。主任が一滴だけ紙へ落とすと、白が紫に変わった。

教室が凍る。

秀一は「知らない」と繰り返したが、担任が彼の筆箱を開く。小さなスポイトと、同じ薬の包みが出てきた。大雅は未来で、それがどこに隠されていたかも知っていた。

校長が呼ばれ、試験会場へ連絡を入れる。

前の人生では午後一時、大雅の受験票に赤い欠席印が押された。

時計が一時を指す。

校長の端末が鳴り、画面を確認した大雅の胸が詰まる。

《受験者・大雅 体調良好》

《試験開始を十分延期》

秀一は別室へ連れていかれた。

校長は大雅の青い蓋の瓶を、新しいものと交換する。

「騒ぎを起こしたから失格だ」と告げられると思っていた大雅に、校長は初めて違う言葉を言った。

「不正を見抜く判断力も、奨学生に必要な力だ。席を空けて待っている」