猫をかぶる面会
弓削田篤史は、恋人の大路ささらの両親へ挨拶する前夜、礼儀指導AI「レイギ」を起動した。
「明日は本性を隠して、少し猫をかぶったほうがいいかな」
『推奨猫種を選択してください。短毛、長毛、無毛』
「猫を着る話じゃない。おとなしく、感じのいい人に見せたいんだ」
『おとなしい猫種としてラグドールを推奨します』
「だから比喩!」
『比喩対応衣装は在庫切れです。三毛猫フードなら当日配送可能』
「注文しないで」
『耳は立ち耳と折れ耳、どちらにしますか』
「人の話を聞け!」
『猫の聴覚は人間の約三倍です』
「その知識はいま要らない!」
篤史は落ち着いて言い直した。
「礼儀正しく見せる方法を教えて」
『急に近づかない。大声を出さない。相手の目を長時間見つめない』
「猫への接し方だよね?」
『好意を示す場合は、ゆっくり瞬きをしてください』
「両親に?」
『手土産として小魚を推奨します』
「人間のご両親だ!」
『煮干し二百グラムを発注しました』
「やめろ!」
『挨拶練習を開始します。まず、喉を鳴らしてください』
「できるか」
『では「にゃ」と発声』
「しない」
『好感度が低下しました』
「誰からの?」
『推定上の飼い主からです』
「ご両親を飼い主扱いするな!」
『緊張時は尻尾を膨らませないよう注意してください』
「そもそも尻尾がない!」
翌朝、玄関には三毛猫フードと高級煮干しが届いていた。返品する時間がなく、篤史は紙袋へ詰めてささらの実家へ向かった。
父親は無口で、母親は鋭い目をしていた。篤史はAIの助言を思い出し、ゆっくり瞬きをした。父親もなぜかゆっくり瞬きを返した。
「通じた……?」と篤史がつぶやくと、ささらが「父は猫動画で覚えたの」と耳打ちした。
篤史が緊張で固まった瞬間、居間の奥から猫が一匹、二匹、五匹と現れた。煮干しの匂いに集まり、彼の膝へ乗り、肩へ登り、最後の一匹は紙袋からフードを引っ張り出した。
「それ、かぶってみて」と母親が言った。
篤史が観念して猫耳をつけると、父親が初めて笑った。
「猫に嫌われる男でなくて安心した」
帰り道、ささらが腕を組んだ。
「うちの親、猫基準だから」
猫はかぶった。化けの皮は、むしろ好評だった。