猫を拾わなかった私
多々良壱成は、二十一年飼った猫を看取った夜、悲しみのあまり過去修正AIを開いた。大学一年の雨の日、段ボール箱から子猫を拾った自分へ、「通り過ぎろ」と送った。出会わなければ、別れもない。そう思った。
朝、壱成は広い寝室で目を覚ました。広告最適化会社の創業者になっており、資産は百億を超えていた。猫の世話で残業を断ることも、動物病院で近所の人と話し込むこともなかった人生は、効率よく成功へ続いていた。元の壱成は、猫がキーボードへ乗るたび仕事を中断し、近所の子へ餌のやり方を教え、病院の待合室で他人の話を聞いた。そうした無駄が、彼の言葉から人を数字にしない癖を作っていた。猫を通り過ぎた壱成は、利用者の不安を秒単位で広告へ換金する仕組みを発明していた。
娘の告発記事には、「父は人間の寂しさを市場と呼んだ」と書かれていた。
ただし、娘の連絡先には「接触禁止」と表示されていた。
壱成が覚えている娘は、猫の腹へ顔を埋めて泣く子だった。更新後の娘は、依存性広告で若者を壊す父を告発した記者だった。面会に来た彼女は、壱成を冷たい目で見た。
「猫? あなた、動物を家に入れる人を馬鹿にしてたでしょう」
過去修正は、悲嘆回避目的の場合、取消不可だった。苦痛から逃げる選択を繰り返せないようにするためだという。壱成は、猫を失った痛みだけでなく、猫から教わった二十一年まで捨てたのだと知った。
彼は会社を辞め、依存性設計の内部資料を娘へ渡した。娘は許さなかったが、資料は受け取った。
その帰り、壱成は保護施設へ寄った。職員は、老いて片目のない猫を抱いてきた。余命は長くないと説明した。
壱成は笑った。
「それなら、別れまでちゃんと付き合えます」
数か月後、娘が取材で施設を訪れた。父が床に座り、猫の薬を嫌がられて引っかかれているのを見た。彼女はまだ笑わなかった。ただ、消毒液を差し出した。
壱成は猫を拾った人生を取り戻せなかった。それでも、拾わなかった自分の続きを、少しずつ拾い直した。