玄関の四段目
守屋啓は、靴を段ボールから出さなかった。
入居して二か月、革靴もスニーカーも箱の中だ。帰宅すると一足を脱いで箱へ戻し、蓋を閉める。玄関に痕跡を残したくないらしい。
ある日、靴箱の棚板が落ちた。詰め込まれた靴が雪崩れ、啓の段ボールを潰した。
「弁償しろ」
啓が言うと、相馬蒼士は壊れた棚板を拾った。
「箱だけ?」
「中も」
「靴は無傷だ」
「そういう話じゃない」
啓は前のシェアハウスを、住人同士の金銭トラブルで追い出されていた。本人に非はなかったが、置いていた物を勝手に処分された。それ以来、荷解きをしない。
蒼士はホームセンターで板を買い、啓を車へ乗せた。帰宅後、二人で寸法を測る。古い靴箱は三段しかなく、住人七人には足りない。
「四段にする」
「高さが足りない」
「一段を低くすれば入る」
「俺は使わない」
「お前の意見は聞いてない。手を押さえろ」
のこぎりで切ると、板は二ミリ短かった。蒼士が木片を噛ませようとすると、啓は黙って自分の段ボールを開けた。中から小さな鉋を出す。
「何で持ってる」
「父親が建具屋だった」
「だった?」
「今も。連絡してないだけ」
鉋の刃は少し錆びていた。啓は台所の砥石を借り、黙々と研いだ。蒼士は削り屑を受ける新聞紙を広げる。啓が削ると、板はぴたりとはまった。四段目は低く、スニーカーしか入らない。蒼士はそこへ自分の古靴を置こうとしたが、啓が止めた。
「その泥、落としてから」
「使わないんじゃなかったのか」
「共同の棚だろ」
作業後、潰れた箱を新しい段ボールへ替えようとすると、啓は首を振った。革靴を最上段へ、スニーカーを四段目へ並べる。箱には、まだ二足残した。
「全部出せば?」
「今日はここまで」
夜、最後に帰宅した住人が玄関灯をつけた。四段目には、啓のスニーカーの横に半足分の隙間がある。蒼士が自分の靴を無理に押し込まず、空けておいた場所だ。
啓は潰れた段ボールを畳み、資源ごみの束へ差し込んだ。玄関を上がってから一度戻り、自分の靴のつま先を、ほかの六足と同じ向きへ揃えた。