王命の本音を全国放送
宮廷手話通訳メルティナは、王から顔を覚えられていなかった。
式典の隅で耳の聞こえない兵へ言葉を伝えるだけの女。王はそう決めつけ、彼女の前で賄賂も粛清も平然と相談した。
【固有スキル《意図翻訳》:発言を、発言者が受け手へ伝達しようとした内容に合わせ、指定した表現へ置き換える】
南区で王家の横領帳簿が見つかった日、王は広場に全軍を集めた。魔導水晶が各都市へ式典を中継している。
王は穏やかな声で命じた。
「南区の民を保護せよ。混乱を防ぐため、外出させてはならぬ」
将軍だけが意味を知っていた。門を閉じ、夜のうちに全員を消す命令だ。
メルティナはいつもどおり、王の横で手を動かした。
その瞬間、全国の中継水晶に、彼女の手話を読む字幕が現れた。
《横領帳簿を見た南区民を皆殺しにし、罪は現場の兵へ押しつける。逃げ道を塞げ》
広場が静まり返る。
王は青ざめ、同じ命令を言い直した。
「違う。民を丁重に守れと言ったのだ!」
メルティナの手は、再び本音を訳した。
《今すぐこの女の指を切り落とせ。証人も兵も後で処分する》
護衛騎士が剣を抜く。だが切っ先はメルティナではなく王へ向いた。
「陛下。私たちも、後で処分される証人ですか」
王は中継水晶を壊そうとした。メルティナは最後の発言を、声へ翻訳して全都市へ響かせる。
《王冠さえ残れば、国民はいくらでも替えが利く》
南区の門番が鎖を外す音が、遠くの水晶から返った。軍旗は王家の紋を伏せ、王を囲む。
中継先の各都市では、封印されていた横領帳簿が一斉に広場へ運び出された。王の側近たちは「知らなかった」と口々に弁明したが、メルティナが視線を向けるだけで、その言葉の本音が水晶へ流れる。誰が金を受け取り、誰が署名を消したのか、全国民の前で字幕になった。
耳の聞こえない老兵たちが最初に剣を鞘へ収め、彼女へ同じ手話を返す。
《今度は、確かに聞こえた》
王冠が床へ落ちる音より静かに、彼女が手を下ろしたところで、職業札だけが新しい名を掲げた。
【職業《宮廷手話通訳》が上位職《真意宣告官》へ書き換わりました】