疫病の模様を上書きする

村刺繍師トーヴァが王都へ呼ばれたのは、治療のためではなかった。

黒薔薇病で死ぬ王女の棺布に、見栄えのよい花を縫えという依頼だった。病は肌に黒い薔薇模様を咲かせ、同じ印が現れた者を七日で枯らす。すでに城下の半数が寝込んでいる。

「薬師でも聖女でもない娘に、余計な真似はさせるな」

宮廷医師はトーヴァの糸箱を検め、銀貨一枚を床へ投げた。彼が調合した高価な薬は一人も救えなかったが、失敗のたびに「病が強すぎた」と言い換え、棺布の遅れだけを彼女の責任にした。

彼女の技能は、衣装を飾るだけだと思われていた。

【固有スキル《重ね刺繍》:無地または既存の柄へ新たな図案を縫い重ね、表面の模様を更新する】

王女の棺布を受け取ったトーヴァは、そこにも黒薔薇が浮かんでいるのを見つけた。

布は王国創建時から伝わる《民命の綴織》。医師が棺布と呼んでいたそれこそ、王国最大の治療具だった。戸籍に名を記された者の生命模様が、一本ずつ糸となって織り込まれている。病人の肌ではなく、この布に先に薔薇が咲き、それが国民へ写っていたのだ。

宮廷医師は布を燃やせと叫ぶ。

だが焼けば、織り込まれた命も消える。

黒い花弁は王女の名を中心に広がり、最後の一枚が開こうとしていた。

トーヴァは白糸を針へ通した。

病の模様を消す必要はない。既存の柄へ別の図案を重ねればいい。

幼い頃、母に教わった春麦の紋を一針だけ中央へ置く。白糸は布の下を走り、数千の命糸へ枝分かれした。

黒薔薇の茎が麦の穂へ、棘が葉脈へ、死を告げる花弁が実りの粒へと組み替わる。

城下で一斉に咳が止まった。窓辺で別れを待っていた家族たちが、互いの肌から消えていく黒薔薇を見て泣き笑う。

王女の頬から黒い花が消え、代わりに淡い金色の穂が一瞬だけ光る。棺の寸法を測っていた医師は、起き上がった王女と目が合い、腰を抜かした。

トーヴァは床の銀貨を拾わず、王国中の治療費として正式な請求書を差し出した。

【職業《村刺繍師》が上位職《生命紋繍聖》へ書き換わりました】