病棟へ出た白い粉

手術準備室の改修は、患者のいない夜だけ進められる。午前六時には清掃を終え、廊下を病棟へ返さなければならない。

午前二時、看護師から「石膏の匂いがする」と苦情が入った。作業区画は養生で密閉し、排気機にはHEPAフィルターを付け、内部を陰圧にしている。計器も正常だった。

「気のせいでは」

職長が言いかけたとき、尾上澄は入口のシートへ薄紙を近づけた。紙は内側へ吸われる。陰圧は保たれている。

そのまま一分待つと、廊下の先でエレベーターが開いた。薄紙が一瞬だけ外へ膨らんだ。

澄は排気機の風量ではなく、建物全体の空気の動きを見た。深夜の搬送用エレベーターが上下すると、病棟の空気が押され、作業区画へ圧力の波が来る。入口が一枚のシートだけでは、その瞬間に粉塵が吐き出されていた。

「入口を二重にします。材料搬入もエレベーターが止まってから」

予備のシートで小さな前室を作り、二枚を同時に開けない手順へ変えた。排気機は強くしすぎると病棟側の空調まで引き込むため、風量は上げず、前室の内側へ位置を移した。床の白い粉は濡れ布で集め、掃除機を先に使わない。勢いで舞い上がるからだ。

午前三時、エレベーターが再び動いた。外側の薄紙は揺れたが、内側は作業区画へ吸われたままだった。

看護師が確認に来て、マスク越しに息を吸った。

「匂い、消えました」

職長は作業再開を急がせようとした。澄は壁を壊す機械を動かす前に、前室の開閉役を一人決めた。誰でも開ける入口は、誰も守らない入口になる。

五時四十分、床まで拭き終え、廊下の養生が外された。

澄は白い布で廊下の手すりを拭き、粉が付かないことも確かめた。匂いが消えても粒子が残ることはある。患者の側には、作業区画の計器より手すりの清潔さのほうが重要だった。

その向こうを最初の配膳車が通る。澄の携帯には、上階の改修区画でも同じ匂いがしたという連絡が届いた。彼女は薄紙を一枚ポケットへ入れ、階段を上がった。