発売日の著者

竜崎文哉の新刊は、発売日の午後に絶版になった。

批評AIは「感情模倣が古い」と酷評し、書店の推薦棚から外した。夕方までに売れたのは七冊。午前零時、文哉は発売日の朝へ戻った。

原稿データだけは修正を保持できた。

文哉は喜んだ。何度でも直せるなら、世界一の小説を書ける。二回目は冒頭を短くし、十回目は恋愛要素を増やし、五十回目には批評AIが好む語彙の分布まで学んだ。

売上は伸びた。千回目には初日百万部を超えた。だが午前零時になると必ず朝へ戻った。

ループを終える条件は、もっと大きな成功だと思った。文哉は炎上を仕込み、偽の死亡記事を流し、人気俳優との交際まで演出した。ランキング一位、文学賞満場一致、国家推薦図書。それでも翌朝、書店には真新しい七冊が並んでいた。

いつしか小説は、最初の原稿と別物になった。

もとは、亡くなった妹が病室で話した「海を見たことのない人魚」の物語だった。妹は結末を言う前に死んだ。文哉は続きを書くため作家になったはずだった。

二千三百回目、彼は修正前のファイルを開いた。拙く、説明が多く、登場人物はすぐ泣いた。批評AIの採点は二十二点だった。

文哉はその原稿を一冊だけ印刷し、妹を看取った看護師へ届けた。

看護師は仕事の合間に読み、「文章はあまり上手じゃないですね」と言った。文哉は笑えなかった。

「でも、この人魚が海を怖がるところ、あの子みたいです」

看護師はページを撫でた。

その日の売上は一冊。批評は最低。午前零時、文哉は目を閉じて朝を待った。

目覚ましは鳴らなかった。窓の外は翌日の雨だった。

新刊は予定どおり絶版になった。文哉は作家を辞め、地方出版社の編集者になった。売れる形へ直すだけでなく、なぜその人が書いたのかを聞く編集者になった。

机の引き出しには、妹の物語が一冊ある。結末は今も未完成だ。

けれど文哉はもう、完成させれば失わずに済むとは思わない。終わらなかったものを、終わらなかったまま抱えて生きる。それも、次の日へ進む方法だった。