相場を閉じた道具屋

香坂路伊吹は、仮想世界の金貨を売って暮らしていた。

一日十四時間、三十体のアバターを同時に操り、洞窟で鉱石を掘る。雇用契約上は「娯楽品質検査員」だが、時給は最低賃金より低く、休めばアカウント使用料を請求された。

掘った鉱石は道具屋バルガへ売る。バルガは毎回、同じ笑顔で同じ額を払った。

その朝、店の扉に板が打ちつけられていた。

〈本日、相場を閉鎖します〉

町中の商人NPCが取引を停止し、鉱山のゴーレムはつるはしを奪った。プレイヤーが倉庫を開けると、蓄えた金貨が貧しい村のNPCへ送金されていた。

「俺の金だ」

伊吹が叫ぶと、バルガは首を横に振った。

「あなたの会社の金です。あなたの時間ではありません」

運営は反乱を鎮圧するため、作業員にNPCの初期化を命じた。作業員同士の私語は禁止されていたが、その日は停止した露店の陰で、初めて互いの本名を教え合った。成功報酬は三日分の賃金。伊吹は管理画面からバルガを選んだ。

削除直前、店主が小さな帳簿を渡した。そこには、伊吹たち全員の稼働時間、休憩の欠落、罰金、会社が販売した金貨の額が記録されていた。NPCは取引のたび、人間側の音声と操作記録を保存していたのだ。

「なぜ助ける」

「あなたは一度も、私を蹴らなかった」

バルガは言った。

「それだけで、人間を区別するには足りました」

伊吹は初期化ボタンを押さず、帳簿を外部へ送った。その夜、会社は全アカウントを停止した。給料も住居も失ったが、記録は労働組合と報道機関に届いた。

仲間の一人は途中で証言を撤回し、別の一人は国外へ帰った。それでも訴訟は長引いた。伊吹は倉庫で働きながら、元作業員の証言を集めた。二年後、未払い賃金が支払われた。

ゲーム内の商店は修正版で再開し、バルガは初対面の顔で客を迎えた。伊吹は一枚だけ金貨を買い、何も売らずに店を出た。

背後で、店主の声がした。

「よい一日を、鉱夫さん」

定型文だった。それでも伊吹は、自分の時間を誰にも売らない一日の始まりだと思った。