磁力壁
新素材研究所の実験室で、安全主任の砥上が鋼鉄壁に貼りついて死んでいた。背中の作業ベストには鉄板が縫い込まれ、試験用電磁石が最大出力のまま唸っている。電源を切ってもコイルが過熱し、急に剥がせば遺体が落ちるため、冷却完了まで動かせない。
室内へ入れたのは研究部長の荒垣、保守技師の多々良、安全監査員の芥川。砥上は検査結果の改ざんを突き止め、三人を順に聴取する予定だった。荒垣は会議端末に接続中、芥川は受付で報告書を書いていた。多々良は「砥上がベストの金具を壁へ近づけ、誤作動に巻き込まれた」と説明した。砥上の安全教育では、異常時に必ず非常停止を押すと全員が誓約している。事故なら数秒で終わるはずなのに、磁場は発見まで二十分近く続いていた。
壁に引かれる工具を遠ざけ、私は必要な手掛かりを三つだけ拾った。
一つ。砥上の真鍮製腕時計は動き続ける一方、鉄の鍵束は壁へ一直線に伸びている。接着剤や留め金ではなく、電磁石が遺体を保持している。
二つ。非常停止ボタンの透明カバー内側に、琥珀色の絶縁ワニスが塗られていた。事故後に触れなくなったのではなく、押しても通電を切れないよう先に細工されている。
三つ。電磁石の保守箱に一本だけある同色ワニスが、多々良の右手袋の裂け目でまだ柔らかく、制御盤は午後八時三分に彼の保守カードで開かれていた。
多々良は、色の似た塗料なら研究所中にあると反論した。芥川が報告書を閉じる音に、彼の肩が壁の工具より大きく跳ねた。
事故なら非常停止を押せば終わる。しかしボタンは通電前から絶縁されており、誰かが最大出力の電磁石を罠に変えた。真鍮時計と鉄鍵の差が保持方法を確定し、カバー内のワニスが故意を示し、同じ未硬化ワニスとカード記録が多々良を操作盤へ結びつける。彼は砥上を鋼板入りベストごと壁際へ誘い、磁場を入れたのだ。冷えるまで離れない遺体は、保守技師が無効にした停止ボタンを指し続けていた。 偶発的な接触では、停止ボタンを前もって殺しておく必要はない。