磁石の部屋へ持ち込まない

検査室の前で、高瀬玲奈は緑色の酸素ボンベを渡された。

「酸素を一本だけ、中へ運んで」

看護師長の台詞も、ボンベに貼られた白い花のシールも、前の人生と同じだった。

そのボンベはMRI対応品ではなかった。玲奈が扉を開けた瞬間、強力な磁場へ引かれ、砲弾のように飛んで検査台の少年を直撃した。病院は新人技師だった玲奈の確認不足と発表し、対応品の在庫を横流ししていた事務長を守った。

時間は扉を開ける十二秒前へ戻った。

玲奈は取っ手へ伸ばした手を止める。今度は震えなかった。

「持ち込みません」

「急いで。患者さんが苦しんでいるのよ」

「この一本は非対応です。花のシールの下に鉄製刻印があります」

前回、玲奈は立場の弱さに負けた。今度はシールを爪で剥がす。下から《一般鋼製》の文字が現れた。

看護師長が目をそらす。

「そんな表示、後で確認すれば――」

「磁石は後で待ってくれません」

玲奈は壁の非常呼び出しを押し、検査台の少年へ室外用の長い酸素チューブをつないだ。事務長が廊下を駆けてくる。

「検査を遅らせたら責任問題だぞ!」

「では責任者として、このボンベを持って入ってください」

玲奈が差し出すと、事務長は一歩下がった。

その動きを見た警備員が、携帯磁性チェッカーをボンベへ近づける。警告音がけたたましく鳴った。

さらに玲奈はボンベを安全鎖の外側から検査室の入口へ少しだけ近づけた。鉄の容器が磁場へ引かれ、鎖を張り詰めさせる。床を削る力に、全員の顔色が変わった。

「これが少年へ飛ぶところでした」

検査は中止され、対応品が別棟から運ばれる。少年の母親は玲奈の手を握ったまま離さなかった。

前の人生で事故発生を告げた午後三時二十二分。院内端末が鳴る。

《重大医療事故》ではない。

《危険物持込を未然防止。全患者の安全を確認》

少年が酸素マスク越しに、前には言えなかった言葉を口にした。

「お姉さん、検査が終わったら、また会える?」

玲奈は初めて、うなずく未来を持てた。