祈祷鎖の切れた天使
大神殿の天井には、羽の白い人造兵が鎖で吊られていた。
聖翼兵A―0。神託を模して造られ、司祭が祈祷文を唱えるたび戦場へ飛ぶ。首から垂れる百八個の祈珠すべてに、「従え」という同じ文字が刻まれていた。
床磨きのネミだけが、翼の付け根から血ではなく金色の油が落ちるのを毎朝拭いていた。
ある日、大司祭が命じた。
「反乱区を焼き払え」
A―0の翼が開く。反乱区と呼ばれた場所には、税を払えず逃げた農民しかいない。
ネミは飛び立とうとする足へしがみついた。
「行かないで」
「祈祷命令は拒否できません」
大司祭は笑い、予備の祈珠を差し出した。
「お前が哀れむなら、この珠へ名を書け。所有祈祷を移せば、お前の天使になるぞ」
ネミは珠を受け取った。
そして床へ置き、掃除用の石槌で砕いた。
「天使は誰かのものじゃない」
大司祭が次の祈りを唱える。A―0の首の鎖が締まり、羽が刃へ変わった。
ネミは祈祷鎖を両手でつかみ、珠を一つずつ石床へ叩きつけた。百個目で掌が裂ける。百七個目で鎖が白熱し、A―0が苦鳴を漏らした。
最後の一個には所有者欄があった。そこへネミの血が触れれば、新しい主従が完成する。
彼女は血のついた指を引き、珠だけを踏み砕いた。
鎖が落ちる。
天井画を覆っていた翼が自由に開き、突風で大司祭の冠が飛んだ。
「反逆者を殺せ!」
命令はもう届かない。
A―0は大司祭を見下ろし、次にネミを見た。羽の刃を収めると、割れた天窓から空へ舞い上がった。
「逃げたぞ!」
ネミは答えなかった。逃げられたことが嬉しかった。
翌朝、神殿の鐘楼に白い影が降りた。A―0は首輪も鎖もなく、両翼に朝日を受けている。
「世界を一周しました」
「一晩で?」
「どこにも命令はありませんでした」
彼は最も長い羽を一本抜き、剣の形を解いてネミへ差し出した。
「名もありません。あなたが付けますか」
「それも自分で決めて」
長い沈黙のあと、彼は夜明けの空を見た。
「ファル。飛ぶ方向を選べる者、という古い言葉です」
ファルは羽根をネミの箒へ結び、今度は空ではなく彼女の隣へ降り立った。