祖母の塩加減
小机律希の食堂は、味だけが足りなかった。
出汁の濃度も火入れの秒数も、調理AIの推奨値どおりだった。客は「おいしい」と言うが、二度は来なかった。律希自身も、自分の煮物を食べると、正解表を噛んでいる気がした。
記憶市場で「昭和の台所・祖母の肉じゃが」という体験を見つけた。購入すれば、包丁の重さや湯気の匂いまで身体感覚として学べる。律希には料理を教えてくれる祖母がいなかったため、迷わず買った。
記憶の中の老女は、調味料を量らなかった。煮汁を指につけ、味見をして、砂糖をひとつまみ足す。台所の隅では、幼い男の子が宿題をしていた。老女は鍋より何度もその子を見た。
律希がまったく同じ手順で作ると、初めて客が「懐かしい」と泣いた。店は評判になり、〈記憶の肉じゃが〉として予約が埋まった。
ところがある日、七十代の男性が一口食べて箸を落とした。
「これは、母の味です」
彼は記憶の中の男の子だった。母は認知症治療の費用を得るため、元気だったころの台所を売ったという。現在は施設にいるが、料理をしたことさえ覚えていないらしい。
律希は盗んだような気持ちになり、使用料を返そうとした。しかし男性は首を振った。
「母に、これを食べさせてくれませんか」
施設で老女は肉じゃがを口にした。懐かしいとも、自分の味だとも言わなかった。ただ「少し甘いね」とつぶやき、砂糖を減らすよう律希へ教えた。
その一言は購入データになかった。記憶の中では、宿題をする息子が甘い味を好んだから、老女は砂糖を足していたのだ。
律希は店の看板から〈祖母の味〉を外した。代わりに、客へ「誰と食べますか」と尋ねるようになった。同じ煮物でも、病人には薄く、子どもには甘く、一人客には少し多めに盛った。
調理AIの評価点は下がったが、常連は増えた。
借りた記憶が教えたのは、隠し味の量ではない。料理は舌に合わせるものではなく、目の前にいる人へ少しずつ間違えるものだということだった。