祭りのあとも隣
「迷子になるから、手を離すな」
子どものころ、夏祭りへ行くたび安積湊人は土岐弥生にそう言った。生まれた月が三つ早いだけなのに兄のような顔をして、綿あめを持つ手まで管理した。
近所の大人に「仲良し夫婦」とからかわれると、二人は必死に否定した。高校卒業後、弥生が町を離れてからも、その否定だけが最後の会話として残った。
十二年ぶりに帰省した夏。弥生は母に頼まれ、商店街のかき氷屋を手伝った。太鼓の音、人いきれ、甘いシロップの匂い。その向こうに、消防団の法被を着た湊人が立っていた。
「久しぶり」
「……大きくなったね」
「そこは昔のまま言うんだ」
笑えば、空白の年月が少し薄くなった。
店じまいのあと、二人は神社まで歩いた。湊人には町で家業を継いだ恋人がいる、という噂を弥生は聞いていた。確かめる勇気はなく、明日の朝には戻るとだけ伝える。
境内で花火が上がり、人波が一斉に押し寄せた。弥生の下駄が石段に引っかかる。湊人が手を取り、昔と同じ台詞を言う。
「迷子になるから、手を離すな」
人混みを抜け、静かな川沿いへ出ても、彼は離さなかった。
「もう迷子じゃないよ」
弥生が言うと、湊人はつないだ手を見た。
「知ってる。だから今は、離したくなくて握ってる」
告白の言葉より先に、彼はスマホを差し出した。来週末、弥生の住む街で開かれる物産展の出店者一覧に、湊人の店の名がある。前日の夜の新幹線も予約済みだった。
「噂の恋人は?」
「家業のことを、母さんたちが勝手に結婚話にしただけ。断った」
弥生は予定表へ土曜の夕食を追加し、参加者に《弥生・湊人》と入れた。名字でも、近所の幼なじみでもない並びだった。
夜店の灯りが一つずつ落ち、花火の最後の一発が川面に消える。弥生は彼の手を引き、駅とは反対の屋台へ向かった。
昔、手をつないだのは迷子にならないため。
祭りのあとも離さなかったその夜から、二人は帰る場所を見失わないためではなく、同じ場所へ向かうために並んだ。