空亀の下の市場
「魔物の影を涼しくするだけ? 日傘以下の技能だ」
砂都の商人試験で、サフィナは無能と判定された。
【技能:《冷たい影》――指定した魔物一体の影を、日没まで地下貯蔵庫と同じ温度にする】
影の形も大きさも変わらない。夜には使えず、魔物が動けば影も動く。サフィナは城門外へ追われ、空を泳ぐ老亀バウと一緒に薬草畑を始めた。
バウは丘ほど大きかった。朝になると村の上へ浮かび、夕方までゆっくり一周する。サフィナはその影を追って苗箱を動かし、昼には魔物の子らと冷たい地面で食事をした。村人は「亀の影に住む女」と呼んだ。
盛夏、砂熱病が流行した。
治療薬は雪百合から作れる。だが雪百合の汁は暑さに弱く、北方から届いたそばから茶色く腐った。氷術師は戦場へ出ており、砂都の地下庫も満杯だった。患者は一日で千人を超える。
砂王アルカドは最後の薬荷を前に命じた。
「王宮の分だけ地下へ入れろ。残りは捨てよ」
サフィナは荷車を城外へ並べ、空へ口笛を吹いた。バウがいつものように村へ来る。夕日の前でも、その影は市場の広場を丸ごと覆うほど大きかった。
《冷たい影》。
熱で揺れていた広場の空気が静まった。砂へ置いた水瓶の表面が曇り、薬箱の中の雪百合が白さを取り戻す。サフィナは肉屋、乳売り、魚商人にも声をかけた。腐りかけた品をすべて影へ運び、薬を煎じる鍋まで並べる。
ただの避難場所だった広場が、一日だけの巨大な冷蔵市場になった。
バウは薬を待つ列の速度に合わせ、ほとんど動かなかった。影の端がずれるたび、子供たちが好物の瓜を見せて向きを直してもらう。日没までに薬は全員へ配られ、食料も一つも捨てずに済んだ。
アルカドは王宮用に取っておいた薬箱を持って来た。だが患者はもう残っていない。
試験官が「大きな亀がいただけ」と言う。
砂王はその無能札を日向へ置き、瞬く間に反らせた。
「大きな倉庫を持つ商人はいる。歩く倉庫を友と呼べる者はいない」
アルカドは市場の金印をサフィナへ渡した。
「明日から砂都の値段は、王宮ではなく亀の影の下で決めよ」