空色の葬儀予定表

葬祭ディレクターの鐘ヶ江蒼は、黒い礼服に空色のネクタイを締める。

予定表はすべて鉛筆書き。遺族が時刻を気にすると、消しゴムで線を薄くしながら言う。

「涙は時間外です」

若槻琴乃は、その予定表に母の名前を見つけた。

十年以上会っていない。訃報も会社経由だった。小さな家族葬で、担当者欄には琴乃自身の名が仮置きされていた。

「そのまま担当します」

蒼は返事をせず、鉛筆を削った。

「身内ではありません。仕事なら、ちゃんとできます」

「誰が身内かを、葬儀社が決める権限はない」

「参列する権利だって、私には」

「権利の話をしている時、人は大抵、許可が欲しい」

彼は予定表の担当者名を消した。代わりのスタッフを手配し、琴乃には後方の一席を用意した。親族席でも、社員席でもない。名札のない椅子だった。

式の準備中、蒼は遺族へ琴乃の事情を説明しなかった。ただ『スタッフ一名を変更します』とだけ伝え、詮索されそうになると棺の花の確認へ話を移した。守るための沈黙も、彼には進行の一部らしい。

「何もしなくていい席です」

「それが一番つらいんです」

「では、音楽を一曲だけ決めてください」

琴乃は母の好きな歌を知らなかった。考えた末、無音を選んだ。棺が閉じる前の一分間、誰も話さず、時計も止める。蒼は理由を聞かず、予定表に『静かな一分』と書いた。

当日、琴乃は後ろの椅子に座った。母の顔を見ても涙は出なかった。けれど無音の一分に、幼い頃聞いた包丁の音だけが不意に戻った。泣けなかった代わりに、息を一つ長く吐いた。式後、親族の一人が「あれは何の曲だったの」と訊いた。琴乃が「曲ではありません」と答えると、蒼は説明を足さず、予定表の一分を丸で囲んだ。彼女の選んだ無音も、ほかの進行と同じ正式な時間として守った。

出棺後、外は雨だった。蒼は空色のネクタイを外し、琴乃の黒い傘の柄へ結んだ。

「制服でしょう」

「予備があります」

「どうして空色なんですか」

彼は答えず、鉛筆で予定表の最後を書き換えた。

『担当:若槻琴乃』の跡が薄く残る場所に、『参列:琴乃』。

「涙は時間外です。帰り道まで式に含める必要はありません」

空色は、場違いなネクタイではなかった。黒い一日の外に、まだ空が続いていると示す目印だった。