竜火を弱める一枚
竜騎兵団を辞めたヴァナには、白い子竜が一匹ついてきた。
名前はピル。敵陣を焼けないほど炎が弱く、それでも焚き火を一息で灰にする程度には強い。団では「半端者同士」と笑われた二人が着いた辺境の丘には、完成しかけのパン窯があった。
困ったのは、ピルの火が窯へ直接当たり、何を入れても表面だけ炭になることだった。
初日、ヴァナは火口の前へ置く熱よけ板を一枚だけ作った。
川原から薄く平たい石を選び、両端を土台へ噛ませる。中央に指二本ぶんの隙間を空け、炎が石へぶつかって左右へ分かれる形にした。ピルは不満そうに鼻を鳴らす。
「全力を止めるんじゃない。回り道を頼むんだ」
子竜が火を吐く。白い炎は石へ当たり、二筋に割れ、窯の丸い壁を舐めながら奥へ回った。天井まで均一に赤くなる。熱は弱くなったのではなく、窯全体へ行き渡った。ヴァナの頬へ当たる風まで、刺す熱さから包む温かさへ変わる。
熱よけ板は割れない。
ヴァナは硬い保存粉へ水を足し、丸パンを四つ作った。表面へ十字の切れ目を入れ、窯床へ並べる。ピルは入口で胸を膨らませたが、今度は短い炎を一度吐くだけで我慢した。
扉を閉じると、中から、ぱち、ぱち、と皮が開く音がした。焼けた小麦の匂いに、竜火特有の乾いた香りが混じる。
開けてみれば、四つとも黄金色だった。裏返しても黒くない。ヴァナが一つ割ると、真ん中までふっくら火が通り、白い湯気がピルの鼻先を曇らせた。
そこへ団長の副官が飛竜で降りた。北砦が包囲され、ヴァナとピルの帰還を命じる書状を差し出す。
「今度こそ、その竜に全力を出させろ」
ピルが小さく唸った。
ヴァナは書状を受け取ったが、開かなかった。丸パンを半分に割り、熱よけ板の前で待つ相棒へ差し出す。
「全力じゃなくても、できたな」
ピルは焦がさないよう慎重に息を吹き、パンを冷ました。それから一口で飲み込み、目を丸くする。
世界を焼けない火が、四つのパンをちょうどよく焼いた。
ヴァナは残り三つを籠へ入れた。今夜の勝利は、焦げていない。