竜狩り姫の誤算

竜狩り姫シェノアは、囚人イセルが死ぬ瞬間を見届けるつもりだった。

男は王国の竜牧場へ忍び込み、鎖につながれた幼竜を逃がした反逆者だ。処刑方法は当然、竜炎。広場には二頭の戦竜と、防御値を記録する水晶柱が用意された。

「跪けば、苦しまない出力にしてあげる」

「もう座っている」

イセルは石段に腰かけ、ほどけた靴紐を結んでいた。その態度が、シェノアの自尊心を正確に傷つける。

「第一竜、放射!」

赤い炎が石段を覆った。囚人の姿は消え、水晶柱の数値が処刑基準を越える。観衆が顔を背けた。

シェノアは炎の中に残る影を見ていた。

靴紐を結ぶため曲げた背中。その影が、炎に揺らいでいない。

竜のほうが先に首を振った。吐息を止めても、標的の生命臭は少しも弱まらない。自分の炎だけが、底のない穴へ吸い込まれたようだった。

煙が晴れる。

イセルは同じ姿勢で靴紐を結んでいた。焦げた石段の中央で、革靴だけでなく紐の先まで無傷だ。

「身代わりだ」とシェノアは言った。「本体は別にいる」

イセルは結び目を整え、顔を上げる。

「三百年前にも同じことを言われたよ」

姫の指が震えた。王家の記録に、三百年前、竜炎刑から生還した名のない男がいる。翌年には五百年前の記録にも現れ、その前にも、その前にもいた。

二頭の戦竜は命令を聞いても、すぐには口を開かなかった。竜狩り姫が服従させてきたはずの獣たちが、囚人へではなく自分へ助けを求める目を向けている。その瞬間、シェノアの確信に初めて亀裂が入った。

「第二竜も放て! 《双極滅火》!」

二頭の炎が左右から交差する。赤と白が混ざり、広場の処刑台そのものが消滅した。水晶柱は激しく明滅し、数値を千、万、億と跳ね上げる。

やがて火が細くなる。

イセルは消えた石段のあった空間に、靴紐を結ぶ姿勢のまま立っていた。足元だけが見えない床に支えられている。

「助けた幼竜は、君の竜舎で焼かれかけていた。次は鎖を外しておけ」

シェノアは返事をしようとしたが、水晶柱が先に答えた。内部の光が全部消え、表面へ二文字ずつ刻まれていく。

《防御値 測定不能》