笑い声びん詰所
高架下の小店には、色の違う瓶が並んでいた。
「過去の笑い声を、一度だけ再生します」と札にある。
夫を亡くした女性は、家族で海へ行った夏を選んだ。
夫が浮き輪から落ち、子どもたちと三人で笑い続けた日。
店主は空の瓶へ耳を当て、
「代金は、今のあなたを表す悲しみを一つ、紙に書いてください。書いた言葉は、以後、自分の説明に使えません」
と告げた。
女性は迷わず、
「一人ぼっち」
と書いた。
家へ帰り、瓶の栓を抜く。
波音のあと、夫の大きな笑い、幼い子どもたちの高い声、自分の笑いが部屋いっぱいに広がった。
女性は泣きながら聞いた。
音は一分で終わり、瓶は空になった。
翌日、友人に近況を聞かれた。
「一人ぼっちだから」
と言おうとして、声が出ない。
店へ渡した言葉は使えなかった。
「寂しい?」
「寂しい。でも、一人ぼっちとは言えないみたい」
友人は笑い、夕食へ誘った。
女性は困った。
夫がいない生活を説明する便利な言葉を失ったからだ。
病院へ行く日も一人。
食卓も一人。
夜、帰宅を待つ人もいない。
それでも「一人ぼっち」と言えないため、一つずつ言い直すことになった。
「今日は一人で食べた」
「今夜は誰かと話したい」
「明日は一人で静かにいたい」
同じ孤独でも、必要なことが違った。
人を呼ぶ日もあれば、断る日もあった。
子どもたちは遠くで暮らしている。
女性が笑い声の瓶を買ったことを話すと、
「私たちの声も入ってた?」
と尋ねた。
「入ってた」
「じゃあ、一人ぼっちじゃないでしょう」
その言葉には腹が立った。
今ここにいない人が、孤独を否定してはいけない。
「そういう意味じゃない」
初めて子どもへ言った。
「思い出があっても、今日は寂しい」
子どもは謝り、週に一度電話する約束をした。
毎週は続かなかったが、途切れたらまたかけ直した。
空の瓶は窓辺に置いた。
風が強い日、瓶の口が小さく鳴る。
笑い声には聞こえない。
それでも女性は時々、自分で笑った。
過去の笑いを一度買った代償に、悲しみを一語で囲えなくなった。
その不便さのおかげで、今日ほしいものを、人へ具体的に頼めるようになった。