紙の台帳
塩谷依都は、役所でただ一人、申請番号を紙にも書いていた。
窓口端末へ入力し、受付印を押し、同じ番号を青い台帳へ転記する。
間壁課長は、会議のたびにその台帳を持ち上げて笑った。
「デジタル化についてこられない職員の見本です。こんな二重作業をするから処理が遅い」
依都は反論しなかった。
紙の控えは廃止されておらず、災害時の照合手段として規程に残っていたから続けていただけだ。過去の水害で、停電中に受けた申請が消えた経験も忘れていなかった。
ある朝、庁内システムが停止した。
復旧後、住宅補助の申請百二十件のうち、十七件だけ受付日が一か月遅くなっていた。期限切れとなり、対象者には不支給通知が出る。十七件はいずれも高齢者やひとり親世帯で、再申請を待てば入居契約に間に合わない。
間壁は依都へ言った。
「君の入力ミスだろう。始末書を書けば穏便に済ませる」
依都は青い台帳を開いた。
十七件はすべて期限内。受付印の番号も連続している。しかも対象者の欄には、同じ審査担当者の印が押されていた。
国の監査官・新津が台帳とサーバー記録を照合した。
データは障害で消えたのではない。停止直前、管理者権限で受付日が書き換えられている。
「紙なんて改ざんできる」
間壁が言う。
依都は窓口の防犯映像を出した。台帳には毎日、閉庁時刻の時計を背景に全ページを撮影し、電子署名を付けて保存していた。画像は庁内とは別の災害保管庫へ送られ、撮影後の差し替えはできない。
新津は十七件の申請者を一覧にした。
不支給で浮く予算は、間壁が推す間壁の親族が受注候補になっている別事業へ移される予定だった。審査会資料には、すでにその金額が織り込まれている。
課長室の電話が鳴る。
間壁は出なかった。
新津は監査用端末で、住宅補助の再審査を一括承認した。
次に管理者一覧を開き、間壁の権限を停止する。
「塩谷さん。この台帳は、今日から正式な災害照合原本に指定します」
さらに新しい確認責任者の欄へ、依都の職員番号を登録した。