素顔は規約違反

榛葉蒼士の素顔は、配信規約に違反していた。

人気配信者《ソウ》としての彼は、左右対称の顔、透き通る肌、感情に合わせて色が変わる瞳を持っていた。だが現実の蒼士の頬には、幼いころの火災でできた大きな瘢痕がある。配信AIはそれを「視聴者の不安を誘発する形状」と判定し、自動修正していた。

フォロワーは八百万人。蒼士が笑えば、広告の商品が売れた。彼自身は外へ出なくなり、鏡には常にアバターを重ねた。洗面台でさえ、完璧なソウが歯を磨いた。

ある夜、相談配信に一人の視聴者が来た。少女のアバターは途中で通信が乱れ、片側の顔に赤い痣が現れた。

「消さないで」と少女は言った。「ソウさんの声を聞いて、今日、初めてマスクを外して学校へ行ったんです」

蒼士は返事に詰まった。自分は一度も外していない。

配信後、彼は補正を解除して録画した。ところが審査AIは映像を公開しなかった。《本人確認に失敗しました。登録人格との外見一致率二二パーセント》。現実の顔が、偽物と判定されたのだ。

蒼士は翌日の生配信で、アバターの皮膚を一枚ずつ剥がす演出をした。視聴者は新しい企画だと思い、歓声を送った。最後に補正を完全に切ると、コメント欄が止まった。

《不快》《合成が雑》《ブランドを壊すな》

契約企業は即日撤退し、フォロワーは半分になった。プラットフォームは彼の顔に警告表示を重ねた。

それでも、例の少女から短い通知が来た。

《今度は、あなたが外へ出る番です》

蒼士は三年ぶりに玄関を開けた。街の人々も視界補正を使っているため、彼を見る者はいなかった。皆、好きな顔だけを見て歩いていた。

彼は地域センターの小さな会議室を借り、補正端末を入口で預かる対面配信を始めた。最初の客は十二人だった。誰も左右対称ではなく、瞬きも笑う時刻もばらばらだった。

蒼士は緊張で言葉を噛んだ。すると客席から本物の笑い声が起きた。

その不揃いな音を、彼は八百万人の拍手より美しいと思った。