終点まで三駅
柴垣紗良は、駅のホームで演説の練習をしていた。
翌日の生徒会選挙。原稿は暗記したはずなのに、誰もいない夕方のホームに立つと、最初の一文から噛んだ。
「私が、せ、生徒会長に立候補した理由は――」
「緊張しすぎ」
背後のベンチから声がして、紗良は飛び上がった。藍原惟月が、イヤホンを片耳だけ外して座っていた。
「いつからいたの」
「『生徒会を洗濯します』のところから」
「選択!」
電車が来るまで十二分。惟月は観客役を買って出た。ただし、腕を組み、わざと怖い顔をする。
「もっと笑って」
「有権者は厳しい」
「高校生でしょうが」
三回目には、紗良は最後まで言えた。けれど拍手の代わりに、惟月は首をかしげた。
「原稿、きれいすぎる」
「褒めてる?」
「紗良が書いた感じがしない」
図星だった。先生に添削され、先輩に直され、優等生らしい言葉ばかり残った原稿には、紗良自身がいなかった。
ホームの放送が『黄色い線の内側へ』と告げると、惟月は急に駅員の声を真似た。『候補者は白線の内側へお下がりください』。紗良は吹き出し、原稿で彼の肩を叩いた。笑った直後にもう一度読むと、不思議なくらい声が出た。惟月は怖い有権者役をやめ、『今の方が本人っぽい』とだけ言った。
電車が来た。二人は乗り込み、終点まで三駅の間、原稿の裏に書き直した。
『昼休みの放送で、購買の焼きそばパンが売り切れたことばかり流す学校は変えます』
「それ公約?」
「私の不満」
「いいと思う」
『雨の日に傘を忘れた人用の貸し出し傘を置きます』
「返さない人が出る」
「名前を大きく書く」
「怖い生徒会だ」
終点で折り返す頃には、原稿は赤字だらけになっていた。紗良は最初の一文を読み上げた。
「私は、この学校で困ったとき、笑って助けを求められる空気を作りたいです」
惟月は今度こそ拍手した。
翌日、紗良は壇上から体育館の隅にいる惟月を見つけた。彼はホームでしたのと同じ、怖い顔をしていた。
だから紗良は、最初の一文を噛まずに言えた。