結婚できない花嫁

兼平湊斗は毎晩、比奈と夕食代を折半する。二人で端末をのぞき込み、同時に本人確認を通すだけだ。付き合って六年、結婚後も同じように暮らすのだと思っていた。

婚姻届の画面では、比奈だけが赤くなった。

《第二申請者を本人と確認できません》

半年前の放火で、比奈は顔の左半分を移植していた。退院後、銀行も職場も少しずつ戻ったが、婚姻登録だけは通らない。

規則は一つ。二人が同じ映像内で同時に本人判定を通過しなければ、婚姻は成立しない。片方だけの申告では、実在しない相手との偽装結婚を防げないからだ。

「更新用の診断書は出しました」

窓口職員は首を振る。

「診断書を含めて合成された事例があります。顔そのものが一致しなければ」

比奈は包帯の下で笑った。

「昔の私を連れてくればいいんだね」

帰宅後、彼女は事故前の写真から自分の顔を生成した。カメラの中だけで古い顔を重ねると、傷も移植痕も消えた。湊斗の隣に、半年前までの比奈が立つ。

再申請は一秒で緑になった。

《兼平湊斗と比奈の婚姻を受理しました》

端末から祝福の音楽が流れる。湊斗は喜びかけたが、隣の比奈は画面を見たまま動かなかった。

登録写真には、湊斗と、合成された美しい比奈だけが写っている。現実の比奈は自動で背景人物としてぼかされていた。

「これで結婚できた」

湊斗が言うと、比奈は端末から顔を消した。画面の花嫁だけが笑い続ける。

翌朝、住宅契約の家族欄に「配偶者・比奈」が追加された。だが玄関の家族認証へ現実の彼女が顔を向けると、扉は開かなかった。

《登録配偶者との外見差異を検出。第三者は入室できません》

湊斗は内側から鍵を開けようとした。端末が警告する。

《配偶者本人が同席しています。未知の女性を招き入れますか》

比奈は焼け残った指で、いいえを押した。

「奥さんを大切にして」

閉まる扉の画面で、傷のない彼女が湊斗へ頬を寄せた。

役所から届いた結婚祝いには、二人の写真が印刷されていた。湊斗の隣で笑う古い比奈の輪郭は鮮明で、扉の外に立つ本物の影だけが、撮影上のノイズとして消されていた。