署名のない配達

十三階宛ての荷物は、その日の最初に配達する。

受取人は署名しない。代わりに配達員が、自分の幼いころの呼び名を書く。本名や社員番号を書いた場合は誤配となり、荷物を持ち帰ってはいけない。呼び名を思い出せない者は、配達担当から外される。

楡井壮太は、姉にだけ「ソウ」と呼ばれていた。

姉が亡くなってから二十年、その呼び名を口にする者はいない。それでも十三階の伝票には迷わず書けた。ビルの表示は十二階の次が十四階だが、非常用の荷物リフトは、宛先欄に「13F」とある箱を載せると途中で止まる。

その朝の荷物は、楡井本人ほどの大きさだった。

差出人欄は空白。受取人は《楡井家で最後に帰る者》。住所は、取り壊された実家になっている。営業所長は伝票を一瞥し、「十三階便だな」と通常どおり端末へ登録した。

リフトの扉が開くと、廊下の突き当たりに玄関が一つあった。古い実家の扉だった。表札はなく、牛乳箱だけが残っている。

楡井は呼び鈴を押した。

内側で子供の足音がした。

「サイン、そこへ」

姉の声ではなかった。姉が生きていた年齢より幼い声だった。

楡井は受領欄に「ソウ」と書いた。ペン先が紙を離れると、扉の向こうで拍手が一度だけ鳴った。規則どおり箱を置き、振り返らずリフトへ戻る。

一階へ着くと、荷台に同じ箱があった。配達済みのシールが十三枚重なり、受取欄には毎回違う筆跡で「ソウ」とある。

持ち帰ってはいけない。楡井は営業所へ戻らず、残りの荷物を積んだまま取り壊し跡へ向かった。実家の場所は月極駐車場になっていた。十三番だけ空いている。

箱を置くと、中から目覚まし時計の音がした。姉が毎朝止めていた、二度鳴るベルだった。

楡井は開けなかった。配達員は荷物を開封しない。

車へ戻ったとき、密封された箱の底から小さな鍵が落ちた。真鍮の鍵には乳歯ほどの白い札がつき、《ソウのぶん》と姉の丸い字で書かれていた。

鍵は掌の上で温まり、駐車場の何もない空間へ向かって、ひとりでに十三回回った。