署長室の雨音
録音の雨は、署長室の雨だった。
戸山絢乃監察官は、山間の小署で三津橋公彦署長と向かい合っていた。地域課の沖津巡査が、商店主から現金を脅し取った疑い。匿名の録音には、沖津の声で「今月も三万だ」と入っている。本人は署長の命令で防犯協力金を集めたと主張したが、三津橋は単独の恐喝だとして懲戒免職を求めていた。
窓の外では夕立が庁舎を叩いている。
絢乃は録音を再生した。雨粒、椅子の軋み、封筒の音。その奥で、十七秒ごとに金属を打つ高い響きがある。
「この音を知っていますね」
三津橋は眉を寄せた。
署長室の軒下には、曲がった雨樋がある。水が溜まると、真鍮の飾り鎖へ滴が落ち、十七秒ほどで同じ音を鳴らす。商店の裏口で録られたという音声に、その雨音が入るはずはない。さらに録音の終わりには、署長室の古い柱時計が六時を打つ音が入っていた。商店の時計は数年前から電子式だった。録音が作られた日、町に雨はなく、署の屋根だけが点検用ホースで濡らされていた記録も残っている。
「録音はここで作られた。沖津巡査へ台詞を読ませ、協力金を恐喝に見せた」
「推測だ」
「商店主三人の現金は、署の親睦会口座へ入っています。引出印は署長印です」
三津橋は窓を閉めた。雨音が急に遠くなる。
「地域の祭りも、防犯灯も、その金で維持してきた。正規予算では何もできん。沖津は命令に従った。だからこそ、若い一人の問題で終わらせれば、町も署も守れる」
「彼は処分を受けます」
「君が報告すれば、全署員が徴収を知っていたと書くことになる。住民は警察を信じなくなる。君は正義のために、犯罪の少ない町を壊すのか」
絢乃は胸ポケットから録音機を出した。三津橋の顔が変わる。
「いまの説明も記録しました」
「無断録音は監察手続に使えない」
「では、正式にもう一度お願いします」
絢乃は録音機を机の中央へ置き、窓を開けた。曲がった雨樋が、十七秒目の音を鳴らす。
その音を開始合図に、彼女は聴取時刻を読み上げた。