聖女の鎖を断る
銀の鎖が、祭壇の上で清らかに輝いていた。
「民を救うための名誉です」
大神官ヴォルクは、前の人生と同じ微笑みを浮かべた。
治癒師アマラはその言葉を信じ、《聖女代償契約》を受け入れた。王族が負う傷も病も、すべて彼女の身体へ移された。民を救うためだと思って耐えた。だが実際に移されたのは、王族ではなくヴォルクと貴族たちが遊興で負った毒や呪いだった。
三年後、アマラは誰にも看取られず地下礼拝堂で息絶えた。大神官は翌朝、「聖女は天へ召された」と美談にした。
冷たい石床で目を閉じたはずが、次に開いた時、祭壇の前へ跪いていた。
同じ香。満員の大聖堂。同じ銀の鎖。
ヴォルクが鎖を彼女の首へ掛けようとする。
アマラは立ち上がった。
「お断りします」
ざわめきが天井まで駆け上がる。
「恐れているのですか? あなたの力は民のために授かったものですよ」
「では契約先を、民だけに限定してください」
アマラは誓約板の文面を指した。《王国に連なる高貴なる血の苦痛を、聖女が引き受ける》。曖昧な一文。神殿へ寄付さえすれば、誰でも「高貴なる血」と登録できる仕組みだった。
「対象者の名を全員、ここで読み上げてください」
ヴォルクの指が震えた。
「儀式の進行を妨げるな」
「読めないなら、あなたが先に着けて」
アマラは銀の鎖を取り、大神官の手首へ巻いた。
契約は候補者に触れた瞬間、登録済みの代償を試しに一滴だけ流す。前の人生で、彼女が最初に感じたのは酒毒と呪薬の痛みだった。
ヴォルクの顔が紫色に変わり、膝から崩れる。鎖から空中へ、契約対象者の名が次々と投影された。大神官、侯爵、賭博場主、密輸商。病人や孤児の名は一つもない。
国王が玉座から立った。
「これは、聖女を私物化する契約か」
ヴォルクは鎖を外そうともがくが、虚偽を認めるまで外れない。
「違います、陛下。これは昔からの慣例で――」
「慣例なら、今日で終わりです」
アマラは契約板を祭壇から落とした。石に当たり、板は真二つに割れる。
前の人生では、この瞬間、首筋に《代償受領開始》の赤い紋が浮かんだ。
鐘が鳴る。
だがアマラの肌は白いまま。代わりに大神官の額へ黒い鎖印が刻まれた。
祭壇の神託板が文字を変える。
《犠牲者ではなく、拒む者を聖女と認定する》