聖女を焼く薪
雨の中でも、聖女カシアナを焼く薪だけは乾いていた。
異端審問官リュグネルが、三日かけて聖油を染み込ませたからだ。
その聖油は、病人一人を冬じゅう養える値段だった。神殿は「奇跡を買う寄進」として集めた金を、奇跡を起こした女を焼くために使った。
「奇跡を騙り、民心を惑わせた罪により、火刑に処す」
処刑台の柱へ縛られたカシアナは、観衆を見回した。彼女に癒やされた鉱夫も、食事をもらった孤児も、兵に囲まれて声を出せない。
審問官は彼らを最前列へ並べた。恩人が灰になるところを見せれば、二度と神殿以外へ祈らなくなると考えたのだ。
最前列には、足の不自由だった少女がいた。今は自分の足で立っている。少女は胸元の黄色いリボンを外し、柵の隙間から投げた。
リボンは薪の上へ落ちた。
「燃やせ」
リュグネルが松明を投げる。
聖油の炎は雨を押し返し、柱を金色に包んだ。熱に耐えかねて兵が下がる。鐘楼の銅板まで赤く照らされた。
審問官は満足げに祈りの文句を唱えた。
炎が低くなると、祈りは途中で止まった。
柱は炭になっていた。縄も焼け落ちている。
それでもカシアナは、両腕を胸の前で組んだまま立っていた。火を放たれる前と同じ姿勢。髪も修道服も、雨粒さえ失っていない。
彼女の足元には、黄色いリボンが燃えずに残っていた。
「悪魔の耐火術だ!」
リュグネルは聖堂の屋根へ合図した。四人の司祭が鏡を傾け、雲の上の光を一点へ集める。
「神光ならば、邪法ごと貫く!」
白い光が落ちる。
処刑台の鉄釘が蒸発し、地面が硝子のように溶けた。雨は空中で霧になり、観衆は腕で顔を覆う。
光が消えたあと、カシアナは同じように両腕を組んでいた。
違ったのは、胸に黄色いリボンを結んでいたことだけだ。
「その光で、誰を救ったのですか」
声は静かだった。
リュグネルは反論しようとした。だが背後の司祭たちが先に杖を下ろし、少女が柵を越えて聖女へ歩き出す。
審問官は少女を止めようと手を伸ばした。
カシアナが彼を見る。
それだけで、リュグネルは処刑台から一歩退いた。