臆病者は全軍の恐怖を預かる

王国軍の荷車番セレスカは、剣を握ると手が震えた。

幼い頃に魔物に村を焼かれた記憶が消えず、兵士たちは彼女を臆病者と呼んだ。けれど軍医だけは、震えながらも毎晩負傷者へ毛布を配る姿を知っていた。

【固有スキル《委託収納》:所有者が自ら手放すと宣言したものを、形の有無を問わず一括して預かる】

兵士の剣や財布を預かるには便利だが、本人の宣言が必要だった。戦場で敵に武器を手放せと言っても応じるはずがない。隊長は「敵にお願いするだけの外れ」と切り捨て、模擬戦では必ず彼女を敵役の前へ立たせた。それでもセレスカは、震える新兵の荷を黙って半分持った。

黒角魔王軍との最終会戦。

敵の恐怖瘴気が平原を覆うと、歴戦の騎士まで膝をついた。心臓が潰れる幻覚、家族が死ぬ声、逃げれば助かるという甘い囁き。剣を落とす者が続き、王国軍の陣形は戦う前に崩れた。

隊長はセレスカを見て吐き捨てた。

「お前だけは普段と変わらんな。臆病者には効かないらしい」

違う。誰より怖かった。

足は震え、歯が鳴り、焼けた故郷の匂いまで蘇っている。それでもセレスカは荷車の上へ立った。恐怖をなくす方法を、彼女は知らない。だが恐怖を抱えたまま、一歩だけ動く方法なら毎日練習してきた。

「皆さん、その恐怖を私に預けてください」

最初に軍医が叫んだ。

「手放す!」

次に負傷兵、弓兵、老騎士。声は波になり、十万の軍勢が同じ言葉を選ぶ。

セレスカは両腕を広げ、一度だけ委託を受領した。

平原から恐怖が抜けた。

兵士たちは勇敢になったのではない。足を止めていた荷物だけが、彼女の胸にある一枠へ移ったのだ。十万人分の恐怖が押し寄せ、セレスカの膝が沈む。それでも倒れず、荷車の手すりを握る。彼女は逃げなかった。

静かになった軍勢が剣を拾った。

誰も彼女を臆病者とは呼ばない。国王が最初に胸へ拳を当て、十万の兵が続いた瞬間、荷札だった身分板が白く輝く。

【職業が《荷車番》から《心象保管聖女》へ書き換わりました】