自動字幕の四百十七回

機械の声でも、正しい発音で人名を呼べば、呼ばれた本人の寿命が一分減る。文字表示だけなら減らない。そのため会議ソフトは参加者を番号で読み上げ、氏名は字幕にしか出さない。

木庭晃介は音声認識会社の夜間テスターだった。新製品の自動読み上げを四百十七回走らせた朝、エラーログに同じ人名が並んでいるのを見つけた。

都築野ひより。

「都築野」が、通信規格の略号「TSN」を展開するときの誤読に登録されていた。ひよりは晃介が三年前に別れた相手で、開発初期の音声サンプルに協力していた。彼女の母音が聞き取りやすいという理由で、辞書の基準音に残されたままだった。別れたあとも、製品だけが彼女の発音を覚えていた。

テスト室のスピーカーは夜通し、彼女の名を四百十七回呼んだ。六時間五十七分が、本人の寿命票からすでに引かれている。

上司はログを見て、削除キーを押した。

「発売前に辞書を直せば問題ない。本人への通知は不要だ」

会社の規程では、一時間未満なら菓子券、六時間以上なら謝罪文を送る。四百十七分は、どの欄にも収まらなかった。

「控除は戻りません」

「七時間弱だ。事故報告を出せばプロジェクトが三か月遅れる」

晃介のスマートフォンには、ひよりの番号がまだ残っていた。電話をかけ、相手の声を聞いても、名を呼ばなければ減らない。

「もしもし」

「……誰?」

番号を消されていた。晃介は会社名と事情を説明した。ひよりは怒らず、寝起きの声で笑った。

「四百十七回も呼んだのに、本人には名乗らないんだ」

晃介は一度だけ、彼女の名を呼んだ。四百十八分目が引かれる。電話の向こうで、寿命票の通知音が鳴った。

「それは会社の分?」

「俺の分」

晃介は事故報告を送信し、テスト室の主電源を落とした。昼前には入館証が無効になった。

退館時、警備員から証拠保全用の紙袋を渡された。中には四百十七回分の音声波形を印刷した感熱紙が、細長く巻かれている。

紙の最後にだけ、手書きで一行追加されていた。

都築野ひより 一回 私用。

その横に、テスト用スピーカーから外した小さな黒い振動板が、乾いた舌のように貼りついていた。