落ちる月を石臼で挽く
製粉人ウルベクは、王都の大水車を回すだけの男と呼ばれていた。
麦を粉にしても、焼き上げたパンを褒められるのは料理人だ。王宮へ納めた白粉に石粒が一つ混じっただけで鞭を受け、戦時には「粉屋に英雄席はない」と地下へ追いやられた。
彼の技能は、石臼の前でしか使えない。
【万粒製粉:上臼と下臼の間に入った穀粒を、望む細かさの粉へ挽く。穀粒の硬さと大きさは問わない】
その夜、空から月の欠片が落ちてきた。
敵国が古代兵器で砕いた月岩は王都より大きく、三分後には大地へ衝突する。宮廷魔術師の障壁は触れただけで割れ、王は転移門を自分の一族だけで塞いだ。
ウルベクは地下の水車室で、天井に描かれた古い設計図を見上げた。王都を囲む二つの環状結界は《天輪》と《地輪》と呼ばれる。千年前の文字では、それぞれ上臼と下臼を意味していた。
そして昔の農民は、夜空の星を《天の穀粒》と呼んでいた。
「粉屋にしか読めない設計図だったのか」
彼は水門を全開にした。
大河の力で地輪が回り始め、空の天輪も逆向きに動く。落下する月岩は、ちょうど二つの輪の間へ入った。
ウルベクが石臼の取っ手を一度押す。
轟音が止んだ。
王都を潰すはずだった月の欠片が、二つの結界の間でゆっくり砕ける。岩塊は礫に、礫は砂に、砂は銀色の粉へ変わった。望んだ細かさは、肺にも畑にも害のない雪より細かな粒だ。
夜空から月粉が降り、屋根も畑も淡く光る。粉は土へ触れると魔力を肥やしに変え、枯れていた麦が一斉に穂を伸ばした。
転移門から押し戻された王が、銀粉まみれで水車室へ転がり込む。ウルベクはパン一個分の粉だけを袋へ取り、残りを王都の製粉組合へ渡した。
銀粉は王の倉へ集められず、各地区のパン窯と畑へ同じ量ずつ配られた。翌朝、王都では月光色のパンが焼け、飢えていた避難民から先に渡される。設計図を読めなかった宮廷学者たちは、水車室の入口で粉まみれの帽子を脱いだ。
《職業が【製粉人】から【星穀製粉神】へ書き換わりました》