葬儀社の冷蔵庫
三雲環監察官は、遺体保冷庫の扉を閉めずに通報を再生した。
情報屋の沼尻博文は葬儀社の夜勤で、運ばれてくる死体から警察の秘密を拾っていた。死因や身元を売る卑しい男だと誰もが言った。その沼尻が最後に一一〇番したのは、五日前の午前二時だった。
――札が逆だ。警察から来た若い男と、身元不明の老人。足の札を替えた。
背後で保冷庫の圧縮機がうなり、扉を叩く音がした。
――若い方は留置場で死んだ。老人として焼けば、解剖はない。替えたのは警察の人間だ。俺も中に入れられた。
通報は四十八秒で切れた。受理記録には「葬儀社員の悪質ないたずら」とある。出動はされず、翌朝、沼尻は保冷庫内で死亡していた。事故として処理されている。
環の前には二体の搬送記録があった。留置場から来た二十六歳の男性は「病院搬送後死亡」とされ、司法解剖を終えている。身元不明の老人はすでに火葬済み。書類上は何も逆ではない。
「札も記録も一致している」
同行した監察室長が言った。
環は若い男性の足首を見た。紙札は新しいが、紐の下に古い擦過傷が二重に残っている。最初の札を強く結び、あとで付け替えた跡だ。さらに葬儀社の冷蔵庫温度記録を見ると、通報直後に三号庫だけ扉が開き、七分後に警察の管理用カードで閉じられていた。カード名義は留置管理課長。
室長は声を落とした。
「留置場での死亡が隠されたと書けば、本部長まで責任を問われる。沼尻は死体の写真を売っていた男だ。その通報に、県警の信用を賭けるのか」
環は老人の火葬前写真を拡大した。左肩に、若い男性の入所記録と同じ翼形の刺青があった。司法解剖された「若い男性」の写真にはない。死体だけでなく、検査対象まで入れ替えられていた。
彼女は二重の紐跡を撮影し、温度記録と管理カード履歴を保全した。通報端末を白い布の上へ置き、その隣に若い男性の新しい足札を並べる。
室長が止める前に、環は二つを押収品として登録し、封印番号を読み上げた。