蓮根はさみ揚げの穴

店の外で暖簾が揺れていた。店主が手を伸ばして外そうとした瞬間、自転車用のヘルメットを抱えた若い客が駆け込んだ。

「一品だけ、お願いできますか」

店主は厨房の油を見て、「蓮根のはさみ揚げなら」と言った。

薄い衣をまとった蓮根が油へ沈む。ぱちぱちという音が次第に細かくなり、肉だねから生姜とごま油の匂いが立った。引き上げられた二枚重ねの穴から、白い湯気が何本も抜けていく。

客は週末のロードレースに出る予定だった。けれど今日の診察で、膝の炎症が治るまで一か月は走るなと言われた。チームのグループチャットには、仲間たちのコース確認や補給計画が流れ続けている。返信できず、通知だけを消した。膝を守るためのサポーターが、ヘルメットの内側で白く折れ曲がっている。応援に行けば惨めだし、行かなければ置いていかれる気がした。

蓮根を箸で割ると、さく、と乾いた音がした。間の肉から熱い汁がにじみ、客は慌てて皿へ戻した。

「穴だらけなのに、ちゃんと挟めるんですね」

店主は揚げ油の火を止めながら言った。

「穴があるから、火が通る」

客は一つの穴をのぞいた。向こう側に、閉店札を持つ店主の手が見えた。

外側は軽く、蓮根はしゃきっと硬い。肉だねは生姜が効いていて、噛むほど熱が広がった。完全に塞がっていないからこそ、油も蒸気も通っている。膝の痛みも、今は隠して走れるものではなかった。

スマートフォンを出し、チームのチャットを開く。長い事情説明は書かなかった。

《日曜、スタート地点まで行く。ボトル運びならできる》

送信は明日の朝に予約した。返事を見るのが怖かったからだ。誰かに気を遣われるかもしれない。レース当日は、走れない悔しさで帰りたくなるだろう。それでも、自分から空いた穴を広げるよりは、できる役割を一つ残したかった。

店主が暖簾を外すと、夜気が短く店へ入った。最後の一切れは少し冷めていたが、蓮根の穴から抜けた生姜の香りと、肉の中心の温かさが、噛むたびにまだ残っていた。