街灯は三晩待つ
深夜のタクシー運転手は、同じ街灯の下に三晩続けて立つ高校生を見た。
一晩目は制服。
二晩目は私服。
三晩目は大きな鞄を持っていた。
車載店でもらった光声レンズを眼鏡へ付けると、人が街灯の真下で立ち止まっている間だけ、街灯の声が聞こえる。
「あの靴、三夜」
街灯が言った。
「何を待ってる」
「あちらを見る。来ない。戻らない」
光は人の心を読まない。
影の向きと立った時間だけを覚えていた。
運転手は車を停め、高校生へ声をかけた。
「乗る?」
相手は首を振る。
「人を待ってる」
「三晩?」
顔がこわばった。
離婚して別の町へ移った母親が、迎えに来ると約束したらしい。
父親と喧嘩し、母の家へ行くつもりで鞄を持ってきた。
だが連絡が取れない。
運転手は、母親が来ないと決めつけなかった。
街灯も「来ない」とは言っていない。
ただ三晩、影が同じ方角へ伸びたと知っているだけだ。
「家へ戻る?」
「戻れない」
「母親の住所は?」
高校生は知らなかった。
迎えに来るという言葉だけを信じていた。
運転手は警察へ連れていこうとしたが、逃げられそうになった。
そこで自分の事情を話した。
昔、家を出た娘を迎えに行くと約束し、仕事で遅れたこと。
娘はその夜、二時間待ち、それ以来会っていないこと。
「待たせた側も、来たくないわけじゃないことがある」
「じゃあ、何で来ない」
「その答えは、街灯にも分からない」
高校生は泣かなかった。
ただ鞄を抱き直した。
二人で父親へ電話した。
父親は怒鳴らず、すぐ迎えに来た。
母親については、翌日一緒に連絡先を探すことになった。
高校生が車へ乗る前、街灯が言った。
「影、二つ。帰る方」
運転手は、自分の娘にも連絡した。
長い文章ではなく、
「待たせた日のことを謝りたい」
と送った。
返事は一か月来なかった。
それでも毎晩、同じ街灯の前を通った。
待っている人はいない。
光声レンズも何も話さない。
ある夜、娘からメッセージが届いた。
「話すなら昼。明るい場所で」
運転手は街灯へ頭を下げた。
夜の光は答えをくれなかった。
ただ、待つ人の影がどちらを向いているかを、三晩ぶん見失わなかった。