触れる評決

久津輪慎理が裁判員に選ばれた事件では、被害者の痛みを体験する審理が導入された。証言だけでは想像しにくい苦痛を、医療記録から再現して手首や胸へ送る。公平な共感のための制度だと裁判長は説明した。

刺激が始まると、慎理の肋骨に焼けるような痛みが走った。呼吸ができず、床へ崩れそうになった。被告は傷害を認めていたが、故意の程度を争っていた。慎理は、これほどの痛みを与えた人間に事情などないと思い、最も重い刑へ票を入れた。

判決から一年後、再現装置の不正が発覚した。委託会社が制度継続の効果を示すため、痛みを平均四・二倍に増幅していた。被害者が苦しまなかったわけではない。被告が無実でもない。だからこそ慎理は、自分の判断のどこからが正義で、どこからが注入された痛みなのか分からなくなった。

判決を受けた男の母親から、短い手紙が届いた。「息子のしたことを軽くしてほしいのではありません。機械が足した分まで息子の罪にしないでください」。慎理は何度も読み返した。被害者への共感と、被告の権利は、片方を強く感じれば片方が消える関係ではない。その当たり前を、痛みの最中の自分は考えられなかった。

彼女は控訴審へ陳述書を出した。世間からは「被害者の痛みを軽く見るな」と責められ、被害者本人からも会うことを拒まれた。慎理は、自分が謝れば中心に立てると思っていた傲慢さにも気づいた。

数年後、彼女は刑務所の対話プログラムを手伝い始めた。受刑者と被害者が直接会う制度ではなく、それぞれ別室で、自分が失ったものを言葉にする。痛みの共有装置は使わない。

ある受刑者が言った。

「痛くされれば反省すると思われる。でも痛いとき、人は自分のことしか考えない」

慎理は、あの日の自分がまさにそうだったと知った。胸を焼かれ、被害者ではなく自分の苦痛に判決を下したのだ。

制度廃止の日、慎理はニュースを消した。勝ったとは思わなかった。誰かの痛みを感じることと、その人を理解することは違う。その区別を忘れない人生が、彼女に残された評決だった。