記憶税

久世澄香の住む市では、記憶にも税金がかかった。

脳内に保存できる記憶量は毎年計測され、基礎容量を超えた分には「情報資産税」が課される。払えない者は、自治体が指定した過去を削除する。金持ちは幼い日の匂いまで所有し、貧しい者から先に人生が短くなった。

澄香は家賃を滞納し、息子の颯士が三歳から八歳までの記憶を差し出した。仕事の技能は削れない。現在の家族関係も保護対象だ。ならば、成長途中の五年間が最も生活への支障が少ない、と役所は説明した。

施術後、十五歳の颯士を見ても息子だと分かった。だが、保育園の運動会も、初めて自転車に乗った日も、熱を出して一晩中抱いていたことも知らない。

「約束したじゃん。十歳になったら海に連れてくって」

颯士が責めても、澄香には約束した自分が他人のようだった。

「ごめん」

「忘れた人が謝っても意味ない」

その日から颯士は、母へ昔話をしなくなった。澄香も尋ねられなかった。失った五年は、息子の中にだけ残る共有財産だった。

ある朝、澄香は弁当を作っていて、卵焼きに砂糖を二杯入れた。颯士は甘すぎる卵が嫌いなはずなのに、手が勝手にそうした。

帰宅した颯士は、空の弁当箱を流しへ置いた。

「小さいころ、これしか食べなかったんだよ」

澄香は答えられなかった。記憶はなくても、何百回も作った手順が残っていた。

翌月から、二人は「再記録帳」を作った。颯士が失われた出来事を一つ話し、澄香はそれを聞いた日のことを書く。過去を取り戻すのではなく、同じ話を今の二人の記憶にし直すためだった。

〈五歳。雨の日、長靴で水たまりに飛び込んだ〉

〈十五歳。あなたがその話をするとき、右の口角だけ上がった〉

颯士は最初、馬鹿らしいと言った。それでも毎晩一行ずつ増やした。

十六歳の誕生日、澄香は息子を海へ連れていった。十歳の約束は守れなかった。六年遅れの埋め合わせでもない。

波打ち際で颯士が尋ねた。

「今日のことも、税金で消す?」

澄香は、昇給したばかりの給与明細を見せた。記憶税を払うため、夜間の資格学校へ通っていたのだ。

「これは私が買う。来年も、その次も」

颯士は笑い、冷たい海水を母へ蹴った。

澄香はその顔を、ぜいたく品のように見つめた。