診察券の裏側

死んだ子どもは、毎晩診察室に来て同じ場所が痛いと言った。

「ここ」

透けた指が胸の中央を指す。聴診器を当てても心音はない。八歳の患者は半年前、河川敷で遺体となって見つかった。死因は窒息。犯人は捕まっていない。

私は診察券の裏に赤い点を一つ打った。

「今日はどこを歩いた?」

「白い屋根のおうち。二階に男の子がいた」

「窓の鍵は?」

「開いてた」

「犬はいた?」

子どもは首を振った。死者は壁を抜け、鍵のかかった家にも入れる。昼間の診察では聞けない街の内側を、夜ごと教えてくれた。玄関の軋む家、階段に玩具が置かれた家、深夜までテレビの光が消えない家。私は症状を記録するように、一つずつ欄へ埋めた。

机の壁には住宅地図を貼ってある。赤い点は七つ。子どもが痛みを訴えた場所と、最近起きた連続失踪事件の地点が重なっていた。看護師には、犯人の経路を絞るためだと説明した。

「先生、どうして家族の人数を訊くの?」

「安全な家か確かめるためだよ」

「どうして一人で寝てる子だけ丸をつけるの?」

「守りやすいから」

子どもは納得しない顔をした。私は飴を差し出したが、床をすり抜けた。最初の夜からそうなのに、つい同じことをしてしまう。

彼は、自分を殺した男の顔を覚えていない。暗い車内で背後から布を当てられたからだ。ただ、甘い薬品の匂いと、左手の傷だけは覚えていた。診察のたび、私の左手をじっと見るので、白い手袋を外さないようにした。

「今夜の家、もう一度教えて」

「川沿い。青い門。お父さんは夜勤で、お母さんは入院中」

私は住所を書き、診察券を裏返した。表には亡くなった彼の名前と、初診の日付。裏には、鍵の位置、寝室までの距離、監視カメラの有無。

子どもが小さく訊いた。

「先生は、みんなを助けに行くの?」

私は薬品を染み込ませた布を鞄へ入れ、赤い点を丸で囲んだ。

「もちろん。今度は失敗しないよ」

診察券を裏返し、赤い丸の横へ《往診・午前零時》と記す。私が左手の手袋を引き上げると、死んだ子どもはまた胸の中央を押さえた。

今夜、同じ痛みを訴える患者が一人増える。