説明書のない本棚

 宇佐美仁が実家へ呼ばれた理由は、「板が余った」だった。居間には通販の本棚が倒れ、父の征士郎が六角レンチを握っている。背板は表裏が逆、棚板は一枚上下が逆だった。

「説明書は」

「箱と一緒に出した」

「説明書を最初に捨てる人、初めて見た」

「完成写真は見た」

「山頂だけ見て登れると思うなよ」

 仁は床へ座り、部品を数えた。実家を出て五年、父とは正月の定型文しかやり取りしていない。漫画家になると言った仁の原稿を、征士郎が古紙の束と一緒に縛った日からだ。回収前に取り戻せたが、謝罪はなかった。

「何を置く棚?」

「本」

「見れば分かる」

「お前の段ボールが邪魔だ」

 見ると、廊下に預けたままの漫画と資料が積まれていた。引っ越しの間だけ、と送って八か月。父から催促は一度もなかった。

 二人はスマホで同型商品の画像を探し、穴の位置から順番を推測した。征士郎が左側板を支え、仁がねじを締める。途中で天板が落ち、父の足の小指を直撃した。

「痛っ」

「山頂だけ見た結果」

「笑うな。お前が手を離した」

「俺のせいにするところ、変わらないな」

「……板は逃げないと思った」

 妙な言い訳に、仁は吹き出した。征士郎も鼻だけで笑った。

 完成した棚は一センチだけ右へ傾いた。床のせいか、組み方のせいか分からない。仁がやり直そうとすると、父は薄い木片を脚の下へ差し込んだ。

「直った」

「それ、直したんじゃなくて合わせただけ」

「立ってりゃ同じだ」

 征士郎は自分の百科事典を床へ下ろし、仁の箱を開けた。漫画を作者順に並べるわけでもなく、背の高さだけで揃えていく。真ん中の棚を全部使った。

「居間に置くの?」

「湿気が少ない」

「俺、来月には持ってくよ」

「そうか」

 仁は鞄から、今日買ったばかりの単行本を出した。自分が背景を手伝った作品で、巻末に小さく名前が載っている。父には説明せず、棚の端へ差した。

 征士郎は読書灯の向きを変え、その一冊だけに光が当たるようにした。