調停室の十八分
三輪崎理佐は、夫を亡くしたあとも義父・源蔵の家へ通い続けた。実子である斉久と都喜が「仕事が忙しい」「血を見るのが苦手」と逃げたため、透析、褥瘡の処置、夜間の救急搬送まで理佐が担った。
源蔵が亡くれると、二人は葬儀の席で言った。
「嫁には相続権がない。ここからは実の子どもの話」
理佐が立て替えた介護費を求めても、「勝手にした親切」と切り捨てた。家と預金を二人で半分ずつにする分割案を作り、十日以内に退去するよう理佐へ内容証明まで送った。
理佐は一度、領収書を添えて話し合いを求めた。二人は封筒を開けずに返したため、家庭裁判所へ特別寄与料の調停を申し立てた。
初回の調停で、斉久は余裕の笑みを浮かべた。
「嫁が親の世話をしたくらいで一千万円なんて、欲が深い」
理佐の弁護士は、六年分の介護記録を一冊ずつ机へ積んだ。訪問看護師との連絡、夜間対応、仕事を短縮した給与差額、施設に入った場合の見積り。源蔵自身が毎月、「理佐に負担をかけた分は財産から精算する」と録音した音声もある。
さらに銀行記録が示された。斉久は源蔵のカードで自宅のリフォーム費を払い、都喜は父名義の定期を解約して子どもの留学費に使っていた。合計千四百万円。二人は「生前にもらった」と主張したが、贈与契約も父の署名もない。
調停開始から十八分。調停委員が提示した案は、理佐への特別寄与料千八百万円、立替金六百万円、斉久と都喜による無断出金の返還だった。家を売却しても、二人の手元に残る金額はほとんどない。
斉久が怒鳴った。
「拒否する。裁判にすれば嫁なんか負ける」
弁護士はもう一通の通知を出した。源蔵が契約していた死亡保険金二千万円の受取人は理佐で、それは遺産分割とは別に支払われる。すでに支払手続は完了していた。
都喜が計算書を見つめる。
「私たち、家を売ってもお金を払う側なの?」
調停委員は赤い線を最下段に引いた。
「そのとおりです。介護をしなかったお二人が独占できる遺産は、一円もありません」